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2025年8月1日金曜日

「南アの石の拳」レーロホノロ・レドワバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

IBF世界J・フェザー級王者。WBU&IBF王座戦。ジャンマリア・ペトリチョーリ戦、エデュアルド・アルバレス戦ほかを紹介します。「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」


レーロホノロ・レドワバ(南アフリカ)

身長168cm:オーソドックス(右構え)


レーロホノロ・レドワバ 12R 判定 ジャンマリア・ペトリチョーリ

(WBUバンタム級タイトル戦、1997年)

「南アの石の拳」レーロホノロ・レドワバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

6R:左フックでペトリチョーリがダウン

(感想:レドワバがタイトル初防衛。南アフリカ・ソウェト出身の黒人レドワバ。ニックネームはあのロベルト・デュランと同じ「Hands of Stone(石の拳)」。これまで20勝(14KO)1敗1分。このところ連勝中で、決定戦で南アフリカのJ・フェザー級王座、WBUのバンタム級王座を獲得。13勝(3KO)2敗1分の挑戦者ペトリチョーリはイタリア・ローマ出身。デビューから二連敗だったが経験から学んだか、その後は負け無し。イタリア・バンタム級王座を獲得、防衛して、この挑戦。南アフリカ・ヨハネスブルグでの一戦。ガードを固めて速いジャブを飛ばすレドワバ。攻撃のテンポとバランスが良く、ワンツー、右アッパーからの左フックといったコンビネーション。ペトリチョーリは右ストレート、フック。接近戦でコンビネーションを出すが、レドワバは打ち合いを避けて素早く距離を取る。4R、サウスポーにチェンジしたペトリチョーリ。しかし、特に強さは感じられない「普通のサウスポー」といった動き。6R、強烈な左フックでペトリチョーリがダウン。その後もレドワバが左ボディからの左ジャブといった左のテクニックで優勢。12R終了。判定は大差の3-0。レドワバが左のテクニックで勝利。パワーもあり、KOできたと思うが、KOを狙わないボクサータイプの試合運びだった。ペトリチョーリは中途半端なサウスポー。オーソドックスで相手を引っかき回すような動きをすべきだったと思うが、どうだろう? その後、ペトリチョーリは再び同WBU王座に挑戦したが、TKO負け。国内の実力者にとどまった。)


レーロホノロ・レドワバ 8R KO エデュアルド・アルバレス

(IBF世界J・フェザー級タイトル戦、2000年)

「南アの石の拳」レーロホノロ・レドワバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

8R:左ボディでアルバレスがダウン

(感想:レドワバがタイトル防衛。ペトリチョーリ戦後のレドワバ。WBU王座をさらに防衛。元WBA世界バンタム級王者ジョン・マイケル・ジョンソンとの決定戦に勝利してIBF世界J・フェザー級王座獲得。アルバレス戦は三度目の防衛戦。挑戦者アルバレス(25歳)はアルゼンチン・ウンキリョ出身。これまで29勝(6KO)2敗。デビューから連勝でWBOラティノ王座(J・フェザー級)獲得。しかし、初防衛失敗、初黒星。アルゼンチン王座戦(J・フェザー級)も敗北。その後、南米王座(J・フェザー級)を獲得するなど連勝で、この世界挑戦。英国メードストンでの一戦。互いにジャブ。端正な顔立ちのアルバレスはジャブ、ストレートを出すが、受け身の姿勢。自分から攻めて試合の流れを作るタイプではない(それが「6KO」の理由か?)。ただし、パンチ自体は悪くない。レドワバ(29歳)はディフェンスしながらワンツーからの左フック、速い連打で相手のガードの隙を突く攻撃。先手を取るレドワバ、何とか応戦するアルバレス。8R、連打からの左ボディでアルバレスがダウン。両ヒザをキャンバスに着いたままカウントアウト。レドワバが序盤から攻める姿勢でそのまま勝利。多彩な攻めだった。アルバレスは正直すぎるボクシングで、自分から仕掛けない男。相手が攻めないときは自分も手を出さないため「お見合い状態」になっていた。その後、アルバレスは地域王座戦やジョニー・タピア戦に敗北。良いパンチを生かせなかった。)


レーロホノロ・レドワバ 9R TKO アーネル・パロディーリョ

(IBF世界J・フェザー級タイトル戦、2001年)

「南アの石の拳」レーロホノロ・レドワバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

9R:左フックでパロディーリョがダウン

(感想:レドワバがタイトル防衛。四度目の防衛戦。挑戦者パロディーリョはフィリピン・カタンドゥアネス出身で、これまで25勝(18KO)10敗3分。連勝しては連敗のキャリア。オーストラリアに主戦場を移してオーストラリア王座、IBFインターコンティネンタル王座(いずれもJ・フェザー級)獲得。ブヤン・ブングが王者だった頃にIBF世界J・フェザー級王座に挑戦して判定負け。レドワバとの同王座挑戦者決定戦も判定負け。マニー・パッキャオにTKO負けしたが、IBF太平洋王座(J・フェザー級)を防衛して、二度目の同王座挑戦のチャンス。南アフリカ・ブラックパンでの一戦(レフェリーはルディ・バトル)。パロディーリョはなかなか積極的なファイター。開始から接近して左右フック、ボディ連打。レドワバはシャープなパンチで打ち合いに応じる。力強い接近戦が続く。パンチの速さ、当てる巧さ(カウンターなど)はレドワバ。5R、パロディーリョが失速。攻撃が単発になり、クリンチで休むシーンも。6R、右ストレートを食ってパロディーリョがピンチ。9R、左フックでパロディーリョがダウン(ペトリチョーリ戦の時と似たようなパンチ、ダウンシーンだった)。立ったが、攻められてレフェリーストップ(同時にセコンドもタオルを持って棄権の申し入れ)。レドワバがブロックしながらシャープなコンビネーションで快勝。パロディーリョは強打を振り回す疲れる戦い方。4Rあたりでスタミナを使い切ってしまった。その後、パロディーリョは三試合。最後は日本で福島学にKO負けだった。)


レーロホノロ・レドワバ 12R 判定 カルロス・コントレラス

(IBF世界J・フェザー級タイトル戦、2001年)

「南アの石の拳」レーロホノロ・レドワバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:レドワバがタイトル防衛。これまで32勝(22KO)1敗1分のレドワバが五度目の防衛戦。挑戦者コントレラスはメキシコ・シウダードファレス出身で、17勝(12KO)4敗2分。北米バンタム級王座戦で判定負けするなど連敗したこともあったが、WBU王座(J・フェザー級)獲得、連続防衛。あのビクトル・ラバナレスにも勝利している。ブラックパンでの一戦(セドリック・クシュナーの興行。メインは「レノックス・ルイス vs. ハシム・ラクマン」の世界ヘビー級王座戦。南アフリカで英国とアメリカの黒人ヘビー級がメインを飾る珍しい興行となったが、ルイスが番狂わせのKO負け)。互いにジャブ、ストレート、フックで接近戦。手数が多く、連打の回転が速いレドワバ。ワンツーからの左フック、右ボディ打ち。右ストレートをダブルで打ち込むなど軽快なボクシング。ただ、その分、パンチは軽め。コントレラスは右ストレート、左フックに良さがあるが、ブロックされてしまう。パンチの正確さでポイント上、レドワバ優勢。9R、コントレラスが連打されて抱きつくかのようなクリンチ(みっともない感じだった)。その後もレドワバが軽快な動きで12R終了。判定は3-0。レドワバが攻撃の正確さで勝利。コントレラスは悪い選手ではなかったが、レドワバの安定感を崩すパワーは無かった。その後、コントレラスは地域王座戦などに出場したが、勝てず。最後はブランクがちにリングに上がり、連敗でキャリアを終えた。)


その後のレドワバ

六度目の防衛戦。相手はあのマニー・パッキャオ。当時のパッキャオは「元WBC世界フライ級王者」に過ぎなかったが、圧倒的なパワーでレドワバをKO。再起戦で同国のライバル、ブヤニ・ブングに判定勝ちして空位の WBUフェザー級王座獲得(2002年)。これが事実上のラストファイト(全盛期の終了)。以後は時折カムバックしてIBO王座戦に出場したりしたが、勝てず。引退後の2021年、新型コロナウイルスにより49歳で死去。 

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界J・フェザー級、フェザー級王者。世界王座陥落後のジェシー・ジェームズ・レイハ戦(北米王座戦)ほかを紹介します。


ルイ・エスピノサ(アメリカ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)


ルイ・エスピノサ 2R KO フレディ・サントス

(J・ライト級戦、1992年)

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:左フックでサントスがダウン

2R:左ボディでサントスがダウン

(感想:元WBA世界J・フェザー級王者エスピノサ。当時全勝だったマウリシオ・ステッカをTKO してWBO世界フェザー級王座獲得。IBF王者ホルヘ・パエスと統一戦を行ったが、判定負け。(1990年)。そこから連勝したが、北米フェザー級王座決定戦でKO負け。全米フェザー級王座をKOで獲得。サントスとノンタイトル戦。これまで42勝(36KO)5敗2分。24勝(17KO)15敗2分のサントスはメキシカン。ヒルベルト・ローマン、ヘスス・サルード、マーク堀越、ガブリエル・ルエラスらに敗れている二線級。ニューメキシコ州アルバカーキでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ)。共に口ヒゲ。1R、小柄なサントスが接近して右ストレート、振りが大きめのフック攻撃。エスピノサは安定したボクシング。ディフェンスしながらジャブ、ストレート、フックで隙を突く。この試合ではサントスが低い位置から攻めるため、フックで迎え撃つ戦法。かするような左フックでサントスがダウン。立ったサントスにエスピノサは左ボディ打ち。2R、攻めるサントスだが、左ボディでダウン。立ったが、ギブアップするような態度でカウントアウト。エスピノサが楽勝。トップクラスには苦戦するが、隙のある中堅には負けない安定感。サントスは大振りのパンチを見抜かれて敗北。ボクシングは相手に隙を見せてはならない。これが最後の試合に。) 


フランシスコ・セグラ 10R 判定 ルイ・エスピノサ

(J・ライト級戦、1992年)

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:セグラはカリフォルニア州ロサンゼルス出身。ニックネームは「Pancho」(「フランシスコ」の愛称らしい)。身長は小柄で164cm。これまで21勝(11KO)5敗。ヘクター・ロペス戦、カリフォルニア州王座決定戦(J・ライト級)に敗北の中堅どころ。アリゾナ州フェニックスでの一戦。開始から思い切った攻めをするセグラ。接近して右ストレート、左右フック連打。エスピノサはブロックしながらジャブで応戦し、ワンツーからの左フックといったコンビネーション。中途半端にサウスポーにスイッチするセグラ。これはほぼ効果無しだが、「右ストレートからの左ジャブ」が有効。ガードするエスピノサだが、打たれる。互いにディフェンスしながらの打ち合いが続いて10R終了。判定は僅差の2-1。セグラが積極さで勝利。エスピノサは残念。かつてWBA世界J・フェザー級王座から陥落した試合でフリオ・ヘルバシオの「右ストレートからの左ジャブ」でダウンしたシーンがあったが、そのときと同じ手でやられた。セグラはおそらくその試合を観たのだろう。その後のセグラ。この勝利が認められたか、ジョンジョン・モリナのIBF世界J・ライト級王座に挑戦。これにTKO負け。再起戦で全米フェザー級王者に。トム・ジョンソンのIBF世界フェザー級王座に挑戦したが、3-0の敗北。後の世界王者ロベルト・ガルシアと北米J・ライト級王座を争ってTKO負け。一定の実力はあったが、トップには立てなかった。)


ジェシー・ジェームズ・レイハ 12R 判定 ルイ・エスピノサ

(北米フェザー級タイトル戦、1993年)

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:レイハがタイトル初防衛。セグラに敗れたエスピノサが再起戦で王座に挑戦。王者レイハはテキサス州サンアントニオ出身で、これまで25勝(12KO)1分。デビューから中堅相手に好調。スティーブ・マクローリー、トロイ・ドーシーにも勝利するなど対戦相手のレベルを上げてきている状況で、WBC3位、IBF4位。テキサス州サン・アントニオでの一戦(会場ではレイハの父、WBC・IBF世界J・フライ級王者マイケル・カルバハルが観戦)。互いにジャブ連打。レイハは短髪でこじんまりした身体であるため地味に見えるが、ショートパンチが巧く、ダッキングなどディフェンスもしっかり。エスピノサはいつものようにワンツー、左フック、斜め下からの右フックを出すが、セグラ戦と同様、微妙に打たれる。レイハがショートフックを当てる巧さ、「右ストレートからの左ジャブ」でポイント上、やや優勢。11R、エスピノサがバッティングで減点。レイハは左眉付近をカット。12R、ドクターチェックを受けたレイハだが、続行。エスピノサの左フックがヒットして12R終了。判定は中差の3-0。レイハがブロッキング&当てるテクニックで勝利。エスピノサは動きの鋭さに欠け、細かいパンチを食っていた。このあたりが限界だろう。その後の二人。レイハは次の試合でアズマー・ネルソンのWBC世界J・ライト級王座に挑戦したが、ドローで奪取ならず。再戦でタフなネルソンからダウンを奪って判定勝ち、王座獲得。しかし、ガブリエル・ルエラスに判定負けで初防衛ならず。その後もリングに上がり続けたが、世界王座返り咲きならず。在位期間は短かった。エスピノサはアレハンドロ・ゴンザレス(WBC世界フェザー級王座戦)、ケビン・ケリー(WBUフェザー級王座戦)らとタイトル戦を行ったが、勝てず。パワーがある方ではなかったため、階級を上げて苦戦したキャリアだった印象。J・フェザー級時代が全盛期だった。) 

2025年7月31日木曜日

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界J・フェザー級、フェザー級王者。フリオ・ヘルバシオ戦(WBA王座戦)、アルフレド・ランヘル戦を紹介します。


ルイ・エスピノサ(アメリカ)

身長173cm:オーソドックス(右構え)


フリオ・ヘルバシオ 12R 判定 ルイ・エスピノサ

(WBA世界J・フェザー級タイトル戦、1987年)

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

12R:左ジャブでエスピノサがダウン

(感想:ヘルバシオがタイトル獲得。アリゾナ州ウィンケルマン出身のエスピノサ(フィリピンのルイシト・エスピノサとは別人)。高校時代はアマチュア・レスリング。「レナード vs. デュラン」の再戦を観て、ボクシングに挑戦。アマチュアで好戦績(タイトルも獲得)。プロ入り後、一つ敗北を喫したが、正確にジャブ、ストレートを当てていく正統派スタイルで好調。アリゾナ州J・ライト級王座獲得。決定戦でWBA世界J・フェザー級王者に。二度の防衛に成功し、年齢は25。挑戦者ヘルバシオ(20歳)はドミニカ出身の黒人で、プエルトリコ在住。これまで中堅相手に無敗、WBA5位。プエルトリコ・サンフアンでの一戦。互いにジャブ。ヘルバシオは左のテクニックを持つ男で、左フックを斜め下から狙ったり、意表を突くタイミングで打ち込んだり。右ストレートからの左ジャブといったテクニック、パワーのある左ボディ打ち。右ストレート、右アッパーにも速さ。ただ、足を使って距離を取るタイプで、KOを狙って獰猛に攻めるファイターではない。エスピノサは右ストレート、フックで攻めるが、ディフェンスされたり、ホールドされたりで不発。2Rには右アッパーを食ってピンチ。6R開始早々、右ストレートからの左ジャブがヒットしてエスピノサが後退。7R、エスピノサの右ストレートがヒット。中盤以降、ヘルバシオは失速。さらに受け身の姿勢となり、テクニックで隙を突く作戦。12R、この試合で再三披露してきたヘルバシオの「右ストレートからの左ジャブ」でエスピノサがダウン。12R終了。セコンドにかつがれて勝利を確信しているヘルバシオ。判定は3-0。ヘルバシオがテクニックで勝利。中盤以降に勢いが落ちたこと、KOを狙わない姿勢だったことはちょっと残念だったが、一級品のパンチ&テクニックを持っていた。エスピノサは空転。時折良いパンチを当てたが、単発に終わった。その後のヘルバシオ。スリムなテクニシャンのベルナルド・ピニャンゴに3-0の敗北で初防衛ならず。ケニー・ミッチェルに3-0で敗れてWBO世界J・フェザー級初代王者になれず。エクトール・アセロ・サンチェスのWBC世界J・フェザー級王座に挑戦して3-0の敗北。以後、ファン・マヌエル・マルケス、ホエル・カサマヨールらに連敗で引退。素質の割には活躍できなかった。)


ルイ・エスピノサ 10R 判定 アルフレド・ランヘル

(J・ライト級戦、1989年)

「アリゾナ州の二冠王」ルイ・エスピノサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ヘルバシオに敗れたエスピノサ。J・フェザー級はなかなか競争が激しい階級で、実力者との対戦が続く。ジェローム・コフィをTKOして空位の北米J・フェザー級王座を獲得したが、ヘスス・ポールに敗北、王座陥落。後のWBC王者ペドロ・デシマをTKO。アリゾナ州フェザー級王座獲得。ホルヘ・パエスのIBF世界フェザー級王座に挑戦したが、ドロー。WBAとIBFで2位にランク。仕切り直し、といった感じでランヘルと勝負。ランヘルはテキサスの選手。兄弟や伯父(または叔父)もボクサーの「ボクシング一族」。ハーリー・スニード(後、世界挑戦)、ヘスス・サルード(後の世界王者)に敗北、スティーブ・クルス(元世界王者)らに三連敗。このところ中堅相手に三連勝でエスピノサ戦。ラスベガス「Showboat Hotel & Casino」での一戦(リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはカルロス・パディーリャ)。互いにジャブ。ランヘル(星条旗トランクス)は距離を取って戦うタイプ。中間距離で相手を待ち構え、左フックからの右ストレート、右フックからの左フックなどで相手の隙を狙う。エスピノサはジャブ連打からの右ストレート、踏み込んで左フック。しかし、一発で相手を倒すパワーの持ち主ではないため、ディフェンスされたりなどで決定力を欠く。9R、エスピノサの連打でランヘルがロープ外に落下したが、レフェリーはこれをダウン扱いせず。攻めるエスピノサ、ディフェンスしながら反撃するランヘル、の展開が最後まで続いて10R終了。判定は2-1。エスピノサは攻勢点で勝利したが、時折打たれた。ランヘルは当てる巧さはあったが、自分から攻めて試合の流れを作るタイプではない。それではプロとして人気が出ないと思うが、どうだろう? その後のランヘル。ホセ・サナブリアらを相手に五連勝で初の世界挑戦。しかし、悲惨な結果。空位のIBF世界フェザー級王座を強打者トロイ・ドーシーと争ったが、何と1RでKO負け。しかもアゴを割られて病院に直行するダメージ。ブランク、カムバック。最後の試合は1995年で、ヘクター・リサラガに1RでのKO負け。引退後の2012年に44歳で死去。胃ガンだったという。)

 

2025年7月29日火曜日

「イタリアの金メダリスト」マウリシオ・ステッカ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBO世界フェザー級王者。コリン・マクミラン戦(WBO戦)、ヘルブ・ジャコブ戦(欧州王座戦)を紹介します。


マウリシオ・ステッカ(イタリア)

身長169cm:オーソドックス(右構え)


コリン・マクミラン 12R 判定 マウリシオ・ステッカ

(WBO世界フェザー級タイトル戦、1992年)

「イタリアの金メダリスト」マウリシオ・ステッカ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:マクミランがタイトル獲得。1984年、ロサンゼルス・オリンピックのバンタム級で金メダルを獲得したステッカ(兄ロリスはWBA世界J・フェザー級王座を獲得した「ボクシング兄弟」)。ミラノでのデビュー以来、イタリアを主戦場に連戦連勝(アメリカでも試合)。フリアン・ソリス(元WBA世界バンタム級王者)に勝利後、新設されたWBOのフェザー級王座の初代王者決定戦に出場。ペドロ・ノラスコをTKOして王者に(当時は「超マイナー王座」だったWBO。フェザー級では後にナジーム・ハメドが王者になり、WBO王座も「立派な世界王座」になった)。初防衛に成功したが、実力者ルイ・エスピノサにTKOで初黒星、王座陥落。再び王座決定戦でタイトル奪回。フェルナンド・ラモス、ティム・ドリスコル相手に二度の防衛。マクミラン戦は三度目の防衛戦であり、これまで44勝(22KO)1敗、29歳。22勝(10KO)1敗の挑戦者マクミラン(26歳)はロンドン出身の黒人で、ニックネームは「Sweet C」。デビュー当初に敗北を喫したが、以降は連勝。英国王座(フェザー級)獲得、防衛。英連邦王座(フェザー級)も獲得。残すターゲットは世界王座のみ、といったところ。挑戦者の地元、ロンドンのマスウェル・ヒルでの一戦。スリムなボクサータイプの二人がジャブの応酬。マクミランは典型的なアウトボクサー。ディフェンスしながらジャブを飛ばし、突き刺すような右ストレート。サウスポーに時折チェンジして左フックをかます。ただ、パワーはそこそこ。ステッカはワンツー、右フックを使うが、攻めるパワーに乏しいうえにディフェンス、クリンチされる。マクミランのジャブが目立つ展開が続き、12Rにはマクミランがワンツーを当てて優勢。12R終了。セコンドに肩車されるマクミラン。判定は3-0(二人のジャッジは大差をつけた)。マクミランがアウトボクシングでそのまま勝利。ステッカは残念。相手を追い込む攻めに欠け、敗北。当時WBOはマイナータイトル。そのポジションに合った試合ぶりだった印象。その後のマクミラン。初防衛戦でルーベン・ダリオ・パラシオにTKOで敗北。王座奪回を目指して新王者スティーブ・ロビンソンに挑戦したが、判定負け(ハメドはロビンソンをKOして世界王座初戴冠)。以後、連勝して英国王座(フェザー級)を取り戻したが、ポール・イングルに敗れて引退。世界王者だった時期は短かった。)


ヘルブ・ジャコブ 11R TKO マウリシオ・ステッカ

(欧州フェザー級タイトル戦、1993年)

「イタリアの金メダリスト」マウリシオ・ステッカ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ジャコブがタイトル獲得。マクミラン戦後、ファブリス・ベニシュを2-1で下して欧州王者になったステッカが初防衛戦。挑戦者ジャコブはフランス・カレー出身。デビューから連勝。フランス王座(フェザー級)に挑戦してTKO負け、初黒星。二度目のTKO負け後、二連勝でステッカに挑戦。フランスのブーローニュ=シュル=メールでの一戦。互いにジャブ。ジャコブは積極的で、右ストレートからの左ボディ打ち、右ストレートからの左ジャブなどのコンビネーション。ステッカはジャブ、ストレートなどで応戦するが、攻められてクリンチ。3R、ステッカが力強いストレート、フック攻撃で優勢。その後も中間距離での打ち合い。フック連打のジャコブ、ジャブ、ストレートのステッカ。しかしながら、ステッカ。勢いが続かず、接近戦ではクリンチ多用。11R、ステッカがキズのドクターチェック。試合終了。ジャコブが負傷により新王者に(ヨーロッパでは「負傷した方が負け」という伝統がある。それがバッティングによるものだったとしても)。残念だったステッカ。パワフルなシーンもあったが、この人は戦闘タイプではない。クリンチで休むシーンが多かった。その後の二人。再戦はKOでステッカ勝利、王座奪回。ジャコブはその後、中堅相手に試合をしたが、王座戦はステッカとの再戦が最後となった。王座を取り戻したステッカはまたしても初防衛戦でTKO負け、引退(1993年)。1995年にカムバックしてイタリア王座(J・ライト級)獲得、完全引退。連戦連勝だった頃がベスト。もう少しパワーがあれば、といった選手だった。) 

2025年7月28日月曜日

「強打の英国人」ポール・ホドキンソン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界フェザー級王者。世界王者になる前のレイモンド・アルマンド戦、ピーター・ハリス戦(再戦)ほかを紹介します。


ポール・ホドキンソン(イギリス)

身長163cm:オーソドックス(右構え)


ポール・ホドキンソン 2R TKO レイモンド・アルマンド

(欧州フェザー級王座決定戦、1989年)

「強打の英国人」ポール・ホドキンソン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:左フック、左フック、右フックで3度、アルマンドがダウン

(感想:ホドキンソンがタイトル獲得。「いかにも英国人ボクサー」といった感じのホドキンソン。ジャブを連打してワンツー、左フック、の正統派。「ビートルズ」で有名なリバプール出身。アマチュアで国内王者になった後、プロ転向。無敗のまま英国王座(フェザー級)を獲得し、防衛にも成功。ワンランクアップで欧州王座を狙う。これまで13勝(12KO)1分、23歳。アルマンドはフランス・セーヌサンドニ出身。欧州J・ライト級王座に挑戦したときは2-0で敗北。後のIBF世界J・フェザー級王者ファブリス・ベニシュに判定勝ちしたが、その次の試合は判定負け。再起戦でホドキンソンと勝負。北アイルランド・ベルファストでの一戦。ガードを固めて前進するホドキンソン。速いジャブ、右ストレート。基本形はバリー・マグギガンに似ているが、ホドキンソンはショートフックに良さ(強くて正確であるうえにダブルで打ち込むバランスの良さ)。アルマンドは開始から足を使ってジャブ連打。相手から距離を取る作戦。2R、左フックでアルマンドがダウン。立ったが、またしても左フックで二度目のダウン。接近戦。対抗するアルマンドだが、右フックで三度目のダウン、KO。ホドキンソンが正確なパンチで快勝。強さだけではなく、タイミングを捉える巧さもあった。アルマンドは消極的。見た感じでは悪い選手ではなかったが、相手の勢いに押されたか。その後、アルマンドはシェリー・ジャコブ(後、WBC世界J・フェザー級王座獲得)らを相手に負けが込んで引退。)


ポール・ホドキンソン 9R TKO ピーター・ハリス

(欧州・英国フェザー級タイトル戦、1989年)

「強打の英国人」ポール・ホドキンソン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ホドキンソンがタイトル防衛。英国王座&欧州王座の二冠王ホドキンソン。前英国王者ハリスと再戦。初戦は12RでのTKOでホドキンソンが新英国王者に。再戦はどんな内容となるか? 挑戦者ハリス(27歳)はウェールズ・スウォンジー出身の白人で、これまで13勝(5KO)6敗2分。これがホドキンソンに敗れた再起戦となり、前回の試合から一年以上間が空いている。ウェールズのポート・タルボットでの一戦(レフェリーはジョン・コイル)。ホドキンソンがいつものように左手を忙しく動かしながらジャブで前進。開始から攻めの姿勢。ハリスはガッチリした身体でしっかりしたパンチを打つ男。攻めてくるホドキンソンにジャブ、左フック連打などで応戦。共にダッキングしながら力強いパンチ。しかしながら、ハリスは真っ直ぐ攻めるクセがあり、攻撃の時に微妙に打たれる。7R、サウスポーに少しチェンジしたホドキンソンだが、あまり意味無し。9R、ハリスが右目のドクターチェック。キズによりTKO、試合終了。ホドキンソンが積極さで勝利。ハリスは敗れたが、なかなかタフだった。その後のハリス。後のWBO王者スティーブ・ロビンソンに判定負け。ローカル王座(フェザー級)を獲得できたが、ウェルカム・ニシタ、ジンミ・ブレダルらに敗北。英国の実力者にとどまった。)    


ポール・ホドキンソン 8R TKO フアリ・ベンジェレ

(欧州フェザー級タイトル戦、1989年)

「強打の英国人」ポール・ホドキンソン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

8R:右フックでベンジェレがダウン

(感想:ホドキンソンがタイトル防衛。ハリス戦の次の試合。挑戦者ベンジェレ(29歳。綴りは「Farid Benredjeb」。読みにくい名だが、リングアナの発音によると「フアリ・ベンジェレ」だそうだ)はフランス人で、これまで25勝8敗2分。マウリシオ・ステッカに判定負け、ベルナルド・ピニャンゴとドロー、フランス王座(フェザー級)獲得、欧州フェザー級王座決定戦で2-1の敗北。それから五連勝で二度目の欧州王座挑戦。英国カークビーでの一戦。開始からジャブ、ストレート、フックの応酬。ベンジェレが右ストレートからの左フックなど。ホドキンソンは実に力強いコンビネーション(特に左フックが強く、左フックダブルからの右ストレート、右アッパーからの左フック、右ボディ打ちからの右アッパー、など)で手数。打ち返す勇敢なベンジェレだが、連打されて動きが止まるシーンも。8R、右フックでベンジェレがダウン。立ったが、正確な攻撃を食らってセコンドからタオル投入。ホドキンソンが素晴らしい攻めで勝利。マイク・タイソンのような激しいコンビネーションを精力的にぶちかましていった。ベンジェレも良い選手。負けたが、手数を出して反撃。より相手の方がエネルギッシュだったのが敗因。その後のベンジェレ。勝ったり負けたり。ラストファイト(1994年)の相手はジュリアン・ロルシー(後のWBA世界ライト級王者。畑山隆則に日本で勝利)で、判定負けだった。)


ポール・ホドキンソン 3R KO ガイ・ベルユーグ

(欧州フェザー級タイトル戦、1990年)

「強打の英国人」ポール・ホドキンソン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:右ストレートでベルユーグがダウン

3R:左フックでベルユーグがダウン

(感想:ホドキンソンがタイトル防衛。ベンジェレ戦後、マルコス・ビジャサナ(メキシコ)と空位のWBC世界フェザー級王座を争ったホドキンソンだが、ビジャサナの異常なタフさ&強打に屈してKO負け。再起戦は欧州王座防衛戦。挑戦者ベルユーグ(30歳)はフランス人で、これまで12勝(9KO)6敗。連勝しては連敗のキャリアだったが、フランス王座(フェザー級)獲得、二度の防衛。三連勝の勢いでホドキンソンに挑戦。英国ウェンブリーでの一戦。距離を取りながら速いジャブを出すベルユーグ。右フックからの左ジャブなどジャブの使い方が巧い。ホドキンソンはKO負けの影響を感じさせない攻め。ジャブで前進し、ストレート、得意のフック。2R、右ストレートでベルユーグがダウン。3R、強烈な左フックでベルユーグが大の字にダウン。その凄まじい倒れ方にセコンドが直ぐさまリングインして試合終了。ホドキンソンが豪快な勝利。ダウンを奪ったパンチはいずれもタイミングとパワーが良いものだった。ベルユーグは良いボクサー。しかし、長いパンチを使うため、ガードに隙があったようだ。その後のベルユーグ。フランス王座戦で活躍。最後は連勝で、王者のまま引退。)


その後のホドキンソン 

ベルユーグ戦の次の試合は一年以上間が空いて、ビジャサナとの再戦。判定で下してWBC王者に。スティーブ・クルス、ファブリス・ベニシュ、リカルド・セペダを相手に三度の防衛。四度目でグレゴリオ・ゴーヨ・バルガスにTKO負け、王座陥落。それから約一年後の再起戦はスティーブ・ロビンソンのWBO世界フェザー級王座への挑戦。これにKO負けで引退。思ったほど王者としては長続きしなかったが、フェザー級は競争が厳しい世界。あのビジャサナを破っただけでも充分「高評価」に値するだろう。 

 

「右手のハンデを克服」ハワード・ウィンストン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界フェザー級王者。世界王者になる前のベビー・ルイス戦、ラロ・ゲレロ戦、レニー・ウィリアムス戦を紹介します。


ハワード・ウィンストン(イギリス)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


ハワード・ウィンストン 10R 判定 ベビー・ルイス

(J・ライト級戦、1964年)

「右手のハンデを克服」ハワード・ウィンストン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ウェールズ出身の白人ウィンストン。10代の頃に工場での仕事中に右の手指3本を事故で失った過去。左パンチを中心とした戦いでアマチュアでは立派な戦績(大会で優勝したことも)。プロではこれまで二つの敗北があったが、英国王座、欧州王座(いずれもフェザー級)を獲得。ルイスはキューバのサンチアゴ・デ・クーバ出身。ホセ・レグラ、ビセンテ・サルディバル(共に後、ウィンストンと対戦)に勝利。サルディバルとの再戦にTKO負け。直前の試合はメキシコで判定負け。英国ウェンブリーでの一戦。左ジャブ連打、左フックのウィンストン(ややアップライトスタイル)。右フックは横殴りだが、ワンツーを時折ヒットさせる。ルイスはジャブ、ワンツー、左右フックボディ連打。バランスが良く、左フックをダブルで打ち込んだり、右クロスを狙ったり。中間距離での応酬。左フック連打からの右ストレートなど良い攻めを見せるルイスだが、ウィンストンはクリンチで接近戦をなるべく避けようとする。共に良いところを見せて10R終了。レフェリーはウィンストンの手を上げた(PTSによる判定)。ウィンストンがジャブ、ワンツーで勝利。やはり右パンチは軽めだったが、良いワンツーを決めるシーンもあった。ルイスは惜しい。KOを狙って激しく攻めるタイプではないため、相手のクリンチで攻撃がとぎれがちになってしまった。その後のルイス。アントニオ・アマヤらに連敗するなどスランプ。アメリカに主戦場を移し、連勝。カリフォルニア州ライト級王者に。その次の試合でTKO負けして引退。)


ハワード・ウィンストン 5R TKO エデュアルド・ラロ・ゲレロ

(フェザー級戦、1965年)

「右手のハンデを克服」ハワード・ウィンストン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ルイス戦後、欧州王座を防衛したウィンストンがノンタイトル戦。ゲレロはメキシコ・パチュカ出身。1956年、デビュー。ジョー・メデルに判定負け&KO負け、米倉健司に判定勝ち。メキシコ王者(フェザー級)になったが、防衛できず。イスマエル・ラグナに判定負け、小林弘に判定勝ち、ビセンテ・サルディバルに判定負け。このところ三連敗でウィンストン戦。英国ウェンブリーでの一戦。手数で押すウィンストン。足でリズムを取りながらジャブ連打、ワンツー、左右フックボディ連打。左フックでカウンターを取る巧さも。ゲレロはジャブ、右ストレートを出すが、単発。攻めるが、クリンチされて不発。5R、ワンツーが入ったところでレフェリーストップ。ウィンストンが手数&クリンチで勝利。ゲレロはもう一つ。実力者に勝ったことがあるとは思えない不器用さ。続行可能だったが、打たれていたためストップされた。次の試合もKO負けで引退。)


ハワード・ウィンストン 8R TKO レニー・ウィリアムス

(英国&欧州フェザー級タイトル戦、1966年)

「右手のハンデを克服」ハワード・ウィンストン「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ウィンストンがタイトル防衛。ゲレロ戦の次の試合でホセ・レグラを判定で下したウィンストン。ビセンテ・サルディバルの世界フェザー級王座に挑戦して判定負け。引き続き欧州王座を防衛。英国王者でもあり、ウィリアムスと二つの王座を懸けて対戦。挑戦者ウィリアムスはウェールズ・マエステッグ出身。デビューから連勝。フランキー・テイラーに二度のKO負け。ウェールズ王座(フェザー級)獲得、防衛。ウェールズのポート・タルボットでの一戦。ウィリアムスはトリッキーなサウスポー。ダッキングしながら右ジャブ、フック。パワフルだが、粗い攻め。そんなウィリアムスにウィンストンは正確なパンチ。ジャブ、ワンツー、右ストレートからの左フック。特に効果的なのはインサイドからのアッパー気味右フック。打たれるウィリアムスは強引に接近してフック、ボディ攻撃を狙うが、ディフェンスされる。8R、ウィンストンがインサイドからのパンチで攻めたところでレフェリーストップ(ゲレロ戦と同様、当時の英国のボクシングはストップが早めだったようだ)。ウィンストンが当てる巧さで快勝。ウィリアムスは力強さはあったが、パワーを込める分、ディフェンスに隙があった。これが最後の試合に。)


その後のウィンストン

サルディバルの世界フェザー級王座にさらに二度挑戦して判定負け、TKO負け(結局、サルディバルには三敗)。その再起戦は関光徳とのWBC世界フェザー級王座決定戦。これにTKO勝ちしてついに世界王者に。ノンタイトル戦に勝利できたが、初防衛戦でホセ・レグラと再戦してTKO負け、王座陥落、引退。右手のハンデがあり、本来は世界王者どころかプロの選手にもなれなかったはずのウィンストン。ハンデを克服し、歴史に残る選手となった。   

 

2025年7月27日日曜日

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界フェザー級王者。世界王座陥落後のルペ・スアレス戦、ニッキー・ペレス戦、フェリックス・ゴンザレス戦を紹介します。


ファン・ラポルテ(プエルトリコ)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


ルペ・スアレス 10R 判定 ファン・ラポルテ

(J・ライト級戦、1987年)

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ジョニー・デラ・ローサを判定で下してWBC世界フェザー級王座を防衛(1983年)したラポルテだが、その次のノンタイトル戦でジェラルド・ヘイズに判定負け。フェザー級のウェイトでなかったため王座を剥奪されずに済んだが、次の防衛戦でウィルフレド・ゴメスに判定負け、王座陥落。結局、ゴメス戦が「世界王者としてリングに上がった最後の試合」になるとは本人は予想しえただろうか? ゴメス戦後、バリー・マクギガンに判定負け、フリオ・セサール・チャベスのWBC世界J・ライト級王座に挑戦して判定負け。再起二連勝でスアレス戦。これまで29勝(15KO)7敗、27歳。22勝(18KO)1敗のスアレス(26歳)はテキサスの選手。アマチュアではフェザー級で全米王者に。プロではデビューから連勝。レフヒオ・ロハスにTKOで初黒星(ロハスはその次の試合でチャベスのWBC世界J・ライト級王座に挑戦してTKO負け)。その後は連勝。直前の試合は後の世界王者ジョンジョン・モリナにTKO勝ち(モリナの初黒星。モリナは後、スアレス、ラポルテと世界戦)。ラスベガス「Aladdin Hotel & Casino」での一戦(リングアナはチャック・ハル、レフェリーはデイビー・パール)。1R、サウスポーのスアレス。ガードを高く上げて前進。右ジャブ、左ストレート、右フック。パワーはそこそこ。バッティングでダウンしたが、レフェリーにカウントを取られる不運。ラポルテはパワー。右ストレート、フックに迫力があるが、攻撃がとぎれがち(そのためパワーの割にはKO勝ちが少ない)。スアレスがリズミカルな動きからジャブで先手を取るパターン。ワンツーからの右フックで手数も出していく。接近戦ではもみ合うような打ち合い。9R、ラポルテがローブローで減点(ラポルテはパワーがあるため、レフェリーは厳しい対処。「パンチが軽い選手」だったらどうか?)。その後ももみ合い、スアレスの手数。10R終了。判定は3-0。ラポルテは残念。相手よりもパワーがあるにもかかわらず、負け。どのパンチにもパワーを込め、スムーズに攻撃できない欠点。手数で相手のリードを許してしまった。その後のスアレス。中堅どころには勝利できたが、アズマー・ネルソンのWBC世界J・ライト級王座に挑戦してTKO負け、モリナのIBF世界J・ライト級王座に挑戦してTKO負け。パワー不足なのだろう。後の世界王者を破ることはできたが、世界王座は獲れなかった。)


ファン・ラポルテ 12R TKO ニッキー・ペレス

(北米J・ライト級タイトル戦、1988年)

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

11R:ワンツーでペレスがダウン

12R:右フックでペレスがダウン

(感想:ラポルテがタイトル獲得。スアレス戦後、中堅相手に三連勝のラポルテ。王者ペレスはアリゾナ州のベテラン。1977年のデビュー戦はKO負けだったが、連勝。北米、次いで全米J・フェザー級王座獲得。ウィルフレド・ゴメスのWBC世界J・フェザー級王座に挑戦してTKO負け。北米フェザー級王者になったが、サルバドル・サンチェスに判定負けしてからは負けが目立つ。北米J・ライト級王座を獲得。しかし、フリオ・セサール・チャベス、バリー・マクギガンにTKO負け。アリゾナ州ツーソンでの一戦。ペレスは動きのテンポが良く、ショートパンチに巧さ。ジャブ、ワンツー、左フックからの右ストレート、右アッパーからの左フック。踏み込んで打つ右フックに威力。器用さと手数で勝負。ラポルテはいつものように伸びとパワーのある右ストレート、振りが大きめの左フック。パワーでラポルテ。6Rには迫力のある左フックからの右ストレート。9Rには勢い余って相手の背中にパンチ。11R、強烈なワンツーでペレスがダウン。これが効いたペレスは12Rに右フックでダウン。立ったが、マウスピースを自ら吐き出してギブアップ。ラポルテが強打発揮。ペレスの手数をディフェンス&タフネスで弾き返した。ペレスはこれが最後の試合に。)


ファン・ラポルテ 8R 負傷引分 フェリックス・ゴンザレス

(ライト級戦、1990年)

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:右カウンターでゴンザレスがダウン

(感想:ペレス戦後のラポルテ。北米王座初防衛後、ジョンジョン・モリナのIBF世界J・ライト級王座に挑戦して判定負け。ブルーノ・ラバナレス(ビクトルの兄)らを相手に北米王座防衛。ゴンザレスとノンタイトル戦。これまで36勝(19KO)9敗、30歳。17勝(15KO)6敗のゴンザレス(28歳)はカリフォルニア州サンフランシスコ出身。ニックネームは「Jawbreaker(アゴ砕き屋)」(本当に相手のアゴを割ったことがあるのかは不明)。1982年、デビュー。中堅選手と対戦してきた。直前の試合はカリフォルニア州ライト級王座戦で、判定負け。モンタナ州ビュートでの一戦。身長差のある対決。背が高いゴンザレスはスリムな体型のボクサータイプ。ガードを上げて左ジャブ、左ボディ連打。左のテクニックがあり、手数が多い。しかし真っ直ぐ攻めるクセがあり、パワーはそこそこ。ラポルテは踏み込んでジャブ、右ストレート。2R、強烈な右がカウンターとなってゴンザレスがダウン。立ったゴンザレスにラポルテは激しい攻撃。真っ直ぐ攻めるゴンザレス、踏み込んで攻めるラポルテ。バッティングでラポルテが右マブタをカット。5Rにキズのドクターチェック。その後も手数のゴンザレス、パワーのラポルテ。8R終了後、ラポルテのキズが悪化して負傷判定に。ドロー。ラポルテが勝ち損ねた試合。もっとスムーズに連打できていたら勝てた。ラポルテらしい引き分けだったと言えよう。ゴンザレスはパワーが乗らない手打ち気味パンチが多かった。少なくとも「アゴ砕き屋」の印象は無し。その後、ゴンザレスは後の世界王者シャンバ・ミッチェルらを相手に全敗でキャリア終了。)


その後のラポルテ

アズマー・ネルソン(WBC世界J・ライト級王座戦)、コンスタンチン・チュー、チャールズ・マレー(IBF世界J・ウェルター級王座戦)、ザック・パディーリャ(WBO世界J・ウェルター級王座戦)に敗北。ラストファイト(1999年)の相手はビル・コステロ(80年代にWBC世界J・ウェルター級王者だった男)。オールドタイマー同士の対戦に2-1で敗北。手数が少なくなってしまう欠点により、相手よりパンチがあるにもかかわらず敗北するもどかしい試合があったのが惜しい。 

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界フェザー級王者。世界王座防衛戦のルーベン・カスティーヨ戦、ジョニー・デラ・ローサ戦ほかを紹介します。


ファン・ラポルテ(プエルトリコ)

身長165cm:オーソドックス(右構え)


ファン・ラポルテ 12R 判定 ルーベン・カスティーヨ

(WBC世界フェザー級タイトル戦、1983年)

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

10R:連打でカスティーヨがスタンディングダウン

11R:右ストレートでカスティーヨがダウン

12R:左ボディでカスティーヨがダウン

(感想:ラポルテがタイトル初防衛。歴史に残る強豪と数多く戦ったラポルテ。プエルトリコ出身で、ニューヨークに移住。アマチュアでキャリア(タイトルも獲得)。プロではデビュー五戦目で負けてしまったが、その後は連勝。サルバドル・サンチェスのWBC世界フェザー級王座に挑戦して判定負け。そして大勢を「アッ!」と言わせたロッキー・ロックリッジ戦。全米フェザー級王者ロックリッジを右フックで強烈にKO。しかし、WBA世界フェザー級王者エウセビオ・ペドロサへの挑戦は、判定で敗北。WBC王者サンチェスが急死。マリオ・ミランダとの決定戦にTKO 勝ちしてWBC世界フェザー級王座奪取。カスティーヨと初防衛戦(ミランダ戦は「15回戦」だったが、この試合から「12回戦」。世界戦での死亡事故(レイ・マンシーニにKOされた金得九がダメージにより死去)により世界戦は12Rで行われるようになった)。挑戦者カスティーヨはテキサス州ラボック出身。1975年にデビュー以来、連勝。全米フェザー級王者になり、防衛にも成功。しかし、当時はハイレベル。アレクシス・アルゲリョのWBC世界J・ライト級王座に挑戦してTKO負け、初黒星。サンチェスのWBC世界フェザー級王座に挑戦して判定負け。そして、この三度目の世界挑戦。サンチェスに敗れた者同士の対戦はどんな内容に? プエルトリコ・サンファンでの一戦(レフェリーはデイビー・パール)。共に若い二人(ラポルテ23歳、カスティーヨは25)。ジャブ、そして強打の応酬。ラポルテはパワーを込めて右ストレート、フック。カスティーヨはワンツー、斜め下からの左フック、ショート連打。ただ、ラポルテはパワーに頼りすぎて単発傾向。カスティーヨは真っ直ぐ攻めるクセ。一進一退だが、時折ラポルテの強打がクリーンヒット。カスティーヨは左ボディダブル、ワンツーなどで攻めるが、ラポルテはタフ、8R、右ストレート、左フック、右フックがヒットしてラポルテ優勢。10R、連打でカスティーヨがスタンディングカウントを聞く。11R終了直前、右ストレート、左フックが連続ヒットし、右ストレートでカスティーヨがダウン。12R、左ボディでカスティーヨがダウン。12R終了。判定は3-0。ラポルテが強打で勝利。特に12Rにダウンを奪った左ボディがスムーズで良かった。ただ、パワーを込めすぎて、流れるような攻め、地道に追い込む攻めができない欠点(これはキャリアを通じて克服できなかった)。カスティーヨは頑張ってショート連打をまとめるなどしたが、ラポルテのタフネス&ディフェンスを突破できなかった。その後のカスティーヨ。フリオ・セサール・チャベスのWBC世界J・ライト級王座に挑戦してTKO負け。以後はブランクがちにリング。何と1996年にNABOライト級王座を獲得。息の長いリングキャリアだった。) 


ファン・ラポルテ 12R 判定 ジョニー・デラ・ローサ

(WBC世界フェザー級タイトル戦、1983年)

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ラポルテがタイトル防衛。23勝(13KO)3敗のラポルテ。カスティーヨ戦の次の試合は二度目の防衛戦。WBA・WBC9位の挑戦者デラ・ローサ(20歳)はドミニカ共和国のサント・ドミンゴ出身。これまで21連勝(17KO)。サント・ドミンゴでデビュー。主戦場をフロリダ州に。全勝の勢いでラポルテに挑戦。ただ、これが初の王座戦。「経験」という点でどうか? サンファンでの一戦(レフェリーはアーサー・マーカンテ。ラポルテのセコンドにエミール・グリフィス)。プエルトリコをデザインした帽子&ガウンのラポルテ。トランクスはトレードカラーの赤。身長で上回る白トランクスのデラ・ローサはボクサータイプ。相手から距離を取ってジャブ、ワンツー。ディフェンスもしっかり。ラポルテの戦い方は実にシンプル。重そうなパンチに一発一発パワーを込めてジャブ、ストレート、フック。パワーで上回る。4R、デラ・ローサが斜め下からのフック連打、ボディ打ちで攻勢。タフなラポルテは打ち返す。9R、デラ・ローサが明らかに低いローブローで減点。その後、ラポルテが強烈なフック攻めで優勢。12R、激しい接近戦。12R終了。判定は2-1。ラポルテがパワーで勝利。もう少し強弱を付ければ、良い勝ち方ができるのだが。デラ・ローサはジャブを使っていたが、相手の強打に慎重になるシーンも。試合運び次第では勝てたのではないか? その後のデラ・ローサ。後のWBA王者アントニオ・エスパラゴサにTKO負け、WBC米大陸王座(J・ライト級)獲得。ロッキー・ロックリッジのIBF世界J・ライト級王座に挑戦してTKO負け。以後はホルヘ・パエスに判定負けするなど勝ったり負けたり。世界王者にはなれなかった。)


ジェラルド・ヘイズ 10R 判定 ファン・ラポルテ

(J・ライト級戦、1983年)

「規格外のパンチ力」ファン・ラポルテ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:デラ・ローサ戦の次の試合はノンタイトル戦。ヘイズ(31歳)はニュージャージー州の黒人で、これまで23勝(11KO)19敗4分。1975年のデビュー以来、勝ったり負けたり。ルペ・ピントール、ボビー・チャコン、ロッキー・ロックリッジ、アレクシス・アルゲリョ、バーナード・テーラーに判定負け、後の世界王者フレディ・ペンドルトンに判定勝ち、マルコス・ビジャサナに判定負け。強打者相手に判定まで持ち込むしぶとさがある。アトランチックシティ「Sands Casino Hotel」での一戦(リングアナはマイケル・バッファ)。開始から積極的なヘイズ。ダッキングしながら前進し、速いジャブ、ワンツー、やや振りが大きめのフック。接近戦にも挑む勇敢さがあり、ディフェンスしながら右アッパー、ボディ攻め。右ストレートをボディに突き刺す大胆な攻撃、右ストレートからの左ジャブといったテクニックも披露。ラポルテは欠点を露呈。自身のパワーを過信しているのか、手数が少な目で受け身の試合ぶり。5R、ラポルテの強烈な左フックがヒット。しかし、その後も勢いで攻めるヘイズ、攻められて反撃するラポルテ。10R終わり頃、ラポルテがラッシュをかけるが、時すでに遅し。10R終了。判定は2-0。ヘイズが現役世界王者に勝利。積極的で、パンチにはスピードがあった。しかしこの後、エウセビオ・ペドロサ、バーナード・テーラー(再戦)らに三連敗で引退。)

 

2025年7月25日金曜日

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス④「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界四階級王者。ついに世界王者に。オルランド・サリド戦、ビクトル・ポロ戦、ジムレックス・ハカ戦ほかを紹介します。


ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


ファン・マヌエル・マルケス 10R TKO マルコス・リコナ

(ライト級戦、2003年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス④「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

8R:右アッパーでリコナがダウン

(感想:WBA世界フェザー級王者フレディ・ノーウッドに判定負けして以来、連勝のマルケス。決定戦で古豪マヌエル・メディナをTKOしてIBF世界フェザー級王者に。リコナとノンタイトル戦。これまで40勝(32KO)2敗。20勝(7KO)3敗1分のリコナもメキシカン。来日経験があり、日本選手に判定勝ち。イスラエル・バスケスに2-1で勝利してNABOスーパーバンタム級王座獲得。カリフォルニア州王座(フェザー級)も獲得できたが、オスカー・ラリオスらに敗北。三つの負けは全て判定。粘り強いタイプと思われるが、強打者マルケスのパワーに耐えることができるかどうか? コネチカット州アンカスビルでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ。マルケスのセコンドにナチョ・ベリスタイン)。完璧に「リカルド・ロペスのコピー」になったマルケス。左腕を高く上げるガード、ジャブ、ワンツーからの左フック。攻撃のバリエーションも多く、パワフル(斜め下からの左フック、左ボディ打ち、右ストレートの組み合わせ)。リコナもガード上げてジャブ。右フックからの左フックなど振りが大きめのパンチに迫力があるが、マルケスの多彩さと比べると「普通の選手」に見える。ディフェンス&コンビネーションでマルケス優勢。8R終了間際、強烈な右アッパーでリコナがダウン。9Rの終了間際には強さと伸びがある右ストレートを食ってダメージ。左目下のキズもあってリコナはこのラウンド終了後に棄権。マルケスがディフェンス&パワーで勝利。リコナはよく前に出たが、当てさせてもらえず。その後のリコナ。勝ったり負けたり。IBAフェザー級王座挑戦に判定負けした後、四連続判定負けで引退。)


ファン・マヌエル・マルケス 12R 判定 オルランド・サリド

(WBA・IBF世界フェザー級タイトル戦、2004年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス④「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:マルケスがタイトル防衛。リコナ戦の次の試合でWBA王者デリック・ゲイナーと統一戦を行ったマルケス。負傷判定勝ちで王座統一と共にIBF王座の初防衛に成功。次の防衛戦の相手は何とマニー・パッキャオで、ドロー。そしてサリドと防衛戦。これまで23勝(15KO)8敗2分の挑戦者サリドはメキシコ・ソノラ出身。連続KO負けを喫したり、ローカル王座(スーパーバンタム級)を獲得したりといったキャリアだったが、レジリオ・ツールに判定勝ち。元世界王者アレハンドロ・ゴンザレスに判定負けしたが、それからは好調。連勝中の勢いでマルケスに挑戦。ラスベガス「MGM Grand」での一戦(メインは「バーナード・ホプキンス vs. オスカー・デラ・ホーヤ」の世界ミドル級王座戦。リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはトニー・ウィークス。会場ではパッキャオが観戦)。ジャブで先手を取るマルケス。ワンツー、左フックからの右ストレートで相手の隙を狙う。サリドは受け身。ディフェンスの巧さがあり、フックに強さが感じられるが、自分から攻めない。マルケスは右ストレートに強さがあるがディフェンスされがちなため、相手に攻めさせてカウンターを取ろうとする。サリドの連打もディフェンスされるため、あまり盛り上がらない展開。12R、右パンチを食ったマルケスが用心深い姿勢に。12R終了。判定は3-0。マルケスがディフェンスで勝利。サリドは残念。打ち返してはいたが単発で、自分から試合の流れをつくるような動きではなかった。ところがその後、IBF、次いでWBOの世界フェザー級王座獲得。ワシル・ロマチェンコに勝利したり、WBC世界スーパーフェザー級暫定王座も獲得したりするなどフェザー級の中心選手になった。)


ファン・マヌエル・マルケス 12R 判定 ビクトル・ポロ

(WBA・IBF世界フェザー級タイトル戦、2005年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス④「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

7R:ワンツーでポロがダウン

(感想:マルケスがタイトル防衛。サリド戦の次の防衛戦(試合間隔が空いた)。これまで34勝(24KO)4敗3分の挑戦者ポロ(世界12位)はコロンビア・ボリーバル出身の黒人サウスポー。コロンビアが主戦場だが、アメリカでも試合。WBCの地域王座、IBFインターコンティネンタル王座(いずれもフェザー級)を獲得後にマヌエル・メディナのIBF世界フェザー級王座に挑戦したが、敗北。その後、地域王座を獲得したが、WBO王座戦に敗北&ドロー。「世界王座にあと一歩」といったポジション。ラスベガスでの一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア、レフェリーはリチャード・スティール)。互いにジャブ。ポロはディフェンシブ。足で距離を保ちながら右ジャブ、左ストレート、フック。2Rに右フック、4Rに左カウンターを決めたが、倒しに行かない(中南米の選手によくあるパターン。良いパンチを持っているが、KOを狙う激しさに欠ける)。マルケスは得意のワンツーをディフェンスされて難しい試合に。中間距離で互いに隙を狙う展開。7R、ワンツーでポロがダウン。その後もパワーのある連打で押すマルケス。時折、連打からの右パンチをヒットさせる(9Rほか)。12R終了。判定は3-0。マルケスが手数&ディフェンスで勝利。ポロは残念。これまで「あと一歩」だったのを物語るような試合ぶり。挑戦者はもっと積極的でなければ。これが最後の試合に。)


ポロ戦後のマルケス

指名試合が行えず、王座剥奪。ややこしいことにマルケスが剥奪されたWBA王座は「スーパー王座」で、「正規王座」はインドネシアのクリス・ジョンが保持。ジョンの王座に挑戦したが、判定負け。その次の試合はWBO世界フェザー級暫定王座決定戦。これにTKO勝利して王座獲得。ジムレックス・ハカと初防衛戦。


ファン・マヌエル・マルケス 9R KO ジムレックス・ハカ

(WBO世界フェザー級暫定タイトル戦、2006年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス④「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

9R:左フックでハカがダウン

(感想:マルケスがタイトル防衛。これまで27勝(12KO)2敗1分の挑戦者ハカはフィリピン・ドゥマゲテ出身のサウスポー(綴りは「Jimrex Jaca」。「ジャカ」ではなく「ハカ」と読むらしい)。ニックネームは「Executioner(死刑執行人)」(バーナード・ホプキンスと同じ)。2000年、デビュー。連勝でフィリピン王座(バンタム級、スーパーバンタム級)、東洋太平洋王座(スーパーバンタム級)獲得。日本で国見泰央(くにみ やすお)にKO負け、初黒星(東洋太平洋王座戦)。階級を上げ、フィリピン王座(スーパーフェザー級)獲得。しかし、またしても日本で敗北。再起戦に勝利してマルケスと戦うチャンス到来。テキサス州ヒダルゴでの一戦(リングアナはルペ・コントレラス。会場ではバーナード・ホプキンスが観戦)。「いかにもフィリピン人サウスポー」といった感じのハカ。右ジャブ連打からの左ストレート、右フック。一本調子な攻めで、ディフェンスされがち。マルケスはいつもの戦い方。ワンツー、フック、カウンターで連打しながら隙を突くパンチ。5Rにバッティングで右眉の上をカットしたマルケス。そのキズが悪化して8Rにドクターチェック。それで勝負を急ぐことにしたのか、マルケスが9Rに強打。左フックでダウンしたハカは座ったまま10カウント。マルケスがコンビネーションで勝利。共にディフェンスができる者同士だったが、攻撃のバリエーションではマルケスだった。その後、ハカは地元で地域王座戦などに出場。しかし、日本で二度のTKO負け。日本とは相性が悪かった。)


その後のマルケス

正規王者スコット・ハリソンが王座返上で正規王者に。その後は階級を上げながらビッグマッチ路線。WBC世界スーパーフェザー級王者マルコ・アントニオ・バレラに判定勝ちして二階級制覇。マニー・パッキャオに敗れ、王座陥落。ファン・ディアスを決定戦でKOしてWBA・WBO世界ライト級王座獲得(2009年)。フロイド・メイウェザー・ジュニアに判定負け。WBO世界ウエルター級王者になったパッキャオとの三度目の対戦はまたしても惜しい判定負け。WBO世界スーパーライト級暫定王座を決定戦で獲得し、正規王者に昇格。フェザー級だった選手がウェルターでも戦うとは。階級を上げるとパワー負けすることが多いが、マルケスとパッキャオは階級を上げるたびにパワーアップ。まさに怪物。

 

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス③「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界四階級王者。世界王者になる前のウィルフレド・バルガス戦、ロケ・カシアニ戦ほかを紹介します。


ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


ファン・マヌエル・マルケス 2R TKO ウィルフレド・バルガス

(スーパーフェザー級戦、1999年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス③「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:右フック、左フックで2度、バルガスがダウン

2R:右ストレート、左フックで2度、バルガスがダウン

(感想:NABOフェザー級王座を七度防衛したマルケス。どうやら王座を返上したらしく、バルガスとノンタイトル戦。これまで28勝(22KO)1敗、25歳。23勝(18KO)11敗のバルガス(29歳)はサウスポーのプエルトリカン(ポンセ出身)。後の世界王者ダニエル・ヒメネスをKOするなど連勝でWBO世界J・バンタム級王座に挑戦したが、TKO負け(1990年)。デューク・マッケンジー、ラファエル・デル・バーレのWBO世界バンタム級王座に挑戦して、いずれもTKO負け。ダニエル・サラゴサにもKO負け。すっかりベテランになったが、このところ二連続KO勝ち。カリフォルニア州イングルウッド「Great Western Forum」での一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア。マルケスのセコンドにナチョ・ベリスタイン)。1R、互いにジャブ。ワンツーのマルケス。バルガス(マルケスと比べると小柄)は相手から距離を取って左カウンターを狙うが、右フック、斜め下からの左フックで二度ダウン。ラウンド終了間際には右ストレートを食ってダウン寸前に。2R、オーソドックスにスイッチしたバルガスが右ストレートを当てる。しかし、パワーの差。右ストレート、左フックで二度ダウン。タオルが投入されて試合終了。セコンドの判断に怒りのバルガス。続行可能な様子だったが、マトモに打たれていたため棄権は致し方ないところ。マルケスが快勝。次の試合はいよいよ初の世界挑戦。バルガスはその後、プエルトリコ・フェザー級王座に挑戦して1RでTKO負けするなど勝ち星無しでキャリア終了。)


ファン・マヌエル・マルケス 8R TKO レミヒオ・モリナ

(フェザー級戦、1999年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス③「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:左ボディでマルケスがダウン

8R:左フック、右ストレートで2度、モリナがダウン

(感想:NABOフェザー級王座を七度防衛したマルケス。WBO世界フェザー級王者ナジーム・ハメドへの挑戦権を持っていたが、ハメドは挑戦を受けず。ターゲットをWBA世界フェザー級王者フレディ・ノーウッドに変更。初の世界挑戦は判定負けに終わり、モリナと再起戦。これまで35勝(14KO)3敗1分のモリナはアルゼンチン・コリエンテス出身。1992年のバルセロナ・オリンピックにバンタム級で出場(メダルは獲得ならず)。プロでは地元で連戦連勝。初の海外試合(英国)は初の世界挑戦で、WBO王者ハメドに2RでTKO負け。メキシコでWBC世界J・フェザー級王者エリック・モラレスに挑戦したときは6RでTKO負け。地元では強いが、敵地では結果を出せていない。ラスベガス「Hard Rock Hotel and Casino」での一戦(レフェリーはケニー・ベイレス)。足でリズムを取りながらジャブ、ワンツーのマルケス。左腕を殊更高く上げるガードの仕方はリカルド・ロペスそっくり。サウスポーのモリナは残念。用心深い姿勢で左カウンターを狙うディフェンシブなスタイル。そんなモリナにマルケスが左フックカウンター、左フックからの右ストレート。2R終了間際にハプニング。左ボディがカウンターとなってマルケスがダウン。しかし、大したダメージはなく、その後もディフェンシブなモリナの隙を狙うパンチで攻めの姿勢。5Rには右フックをクリーンヒット。8R、左フックが効いたモリナ。左フックで二度ダウン。立ち上がり、抵抗するモリナ。しかし、最後は強烈な右ストレートで三度目のダウン。それと同時にレフェリーは試合を止めた。マルケスが安定感のある動きで勝利。モリナは狙い通りカウンターでダウンを奪うことができたが、最後にキツいパンチを食らった。もっと思い切りのいい攻めをして欲しかったところ。その後、モリナはアルゼンチン・フェザー級王座戦、WBFスーパーフェザー級王座戦に敗北するなど勝ったり負けたりだった。)


ファン・マヌエル・マルケス 12R 判定 ロケ・カシアニ

(NABOフェザー級王座決定戦、2000年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス③「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:マルケスが王座奪回。モリナ戦の次の試合。黒人カシアニ(30歳)はコロンビアのサン・バシリオ・デル・パレンケ出身。IBFインターコンティネンタル王座、コロンビア王座(いずれもフェザー級)に挑戦してKO負け。ウィルフレド・バスケスのWBA世界フェザー級王座への挑戦は判定負け。重要な試合を落としてきたキャリアで、直前の試合は判定負け。ネバダ州ステートライン「シーザース・タホ」での一戦。互いにジャブ、パワフルな左フック。マルケスが得意の左フックからの右ストレート。カシアニはワンツーからの左フックに力強さがあるが、真っ直ぐ攻めるクセ。互角の勝負。ディフェンスしながらジャブ、パワーを乗せたストレート、フック、ボディ打ち。6R、右パンチを決めたカシアニだが、マルケス全力の左ボディ打ちがローブローになって苦悶の表情。その後も一進一退。コンビネーションのマルケス、単発のカシアニ。互いにディフェンスし合うため、どちらかが大きくピンチになるシーンもなく12R終了。判定は大差の3-0。マルケスがパワー&手数で勝利。ただ、ポイント差ほど大きな実力差は無し。コンビネーションで攻める分、ジャッジからはマルケスの方が見栄えが良かったのだろう。その後のカシアニ。勝ったり負けたり連敗したり。実力に見合わないキャリアとなったが、2005年までリングに上がった。)


2025年7月23日水曜日

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界四階級王者。NABO王座戦のカタリーノ・ベセラ戦、フランシスコ・アレオラ戦ほかを紹介します。


ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


ファン・マヌエル・マルケス 7R TKO カタリーノ・ベセラ

(NABOフェザー級タイトル戦、1997年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:連打でベセラがダウン

7R:右ストレートでベセラがダウン

(感想:マルケスがタイトル防衛。決定戦でNABO王者になったマルケスが二度目の防衛戦。これまで20勝(14KO)1敗、23歳。挑戦者ベセラ(26歳)はパナマシティ出身のサウスポーで、18勝(8KO)2敗3分。試合は全てパナマ。パナマ王座、IBFラティノ王座(いずれもJ・フェザー級)を獲得してきた。初のアメリカでの試合でどんな動きを見せるか? カリフォルニア州イングルウッド「Great Western Forum」での一戦(マルケスのセコンドにナチョ・ベリスタイン)。1R、左右の構えは違うが、共にガードを上げてジャブ。ベセラは長いパンチを使う男で、左ストレート、振りが大きめのフック。左ボディ打ちに強さがある。マルケスも長いパンチを使うが、パンチに鋭さ(ワンツーからの左フックなど)。斜め下から突き上げる左フックには迫力がある。ワンツーからの連打でベセラがダウン。3Rにバッティングで右目付近を負傷したマルケスだが、ワンツーなど隙を突くパンチで優勢。ベセラは連打で反撃するが、ディフェンスされてしまう。それにイラついたか、ベセラは6Rにローブローを放って減点。7R、左フックからの右ストレートでベセラがダウン。立ったがダメージがあり、レフェリーストップ。マルケスが快勝。相手がサウスポーでも特に問題なく、長いパンチを正確に当てた。ベセラは気の毒。悪い選手ではないが、攻撃をディフェンスされて最後は強打に沈んだ。その後、KO負けが続いて引退。)  


ファン・マヌエル・マルケス 9R TKO ルイス・サムディオ

(フェザー級戦、1998年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

9R:ワンツーでサムディオがダウン

(感想:NABO王者マルケスがノンタイトル戦。サムディオ(25歳)はパナマ・ダビッド出身。身長が180cmもある。これまで9勝(4KO)3敗1分。二連続KO負けしたこともあったが、パナマ王座&WBC地域王座(フェザー級)のダブルタイトル戦に勝利して王座獲得。その次の試合でマルケスと勝負。「Great Western Forum」での一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア、レフェリーはルー・フィリポ。会場ではWBC世界ウェルター級王者オスカー・デラ・ホーヤが観戦)。似たタイプの二人。ガードを固めてジャブ、長いパンチ(右ストレートからの左フック、ボディ打ち、など)。相変わらずワンツーからの左ボディ打ちにパワーがあるマルケスだが、時折ローブロー。サムディオは振りは大きいが左フックにキレがあり、斜め下からの右フックにも良さ。2R、マウスピースを落とすサムディオ。上下逆に入れられて、また落下。入れ直すのにやや手間取るレフェリー。互いにディフェンスしながら中間距離での攻防。6R、マルケスがローブローで減点。7R、8R、サムディオが打たれてマウスピース落下。9R、ワンツーでサムディオがダウン。立ったが、戦意喪失でレフェリーストップ。マルケスがディフェンスしながら勝利。似たタイプでリーチのある相手はさぞかしやりにくかっただろう。サムディオは全体的に大振り。攻撃の緻密さに欠けた。その後、サムディオはNABOスーパーフェザー級王座戦、パナマ・ライト級王座戦に敗れるなど勝ったり負けたりだった。)


ファン・マヌエル・マルケス 3R TKO フランシスコ・アレオラ

(NABOフェザー級タイトル戦、1998年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

3R:右カウンターでアレオラがダウン

(感想:マルケスがタイトル防衛。七度目の防衛戦。挑戦者アレオラ(30歳)はメキシコ・グアダラハラ出身のサウスポー。1986年にデビュー。主戦場はアメリカだが、イタリア、フランスでも試合経験。ロリス・ステッカとドロー、その弟マウリシオ・ステッカに判定負け、ローカル王座(フェザー級)、WBC米大陸王座(J・フェザー級)などを獲得。中堅どころと戦ってきたが、このところ試合間隔が長い。直前の試合は約一年前でTKO負け(WBCラテンアメリカ・スーパーフェザー級王座戦)。ラスベガス「Tropicana Hotel & Casino」での一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア、レフェリーはミッチ・ハルパーン)。動きとトランクスがヘクター・カマチョ風のアレオラ(カマチョと関係があるのだろうか?)。右ジャブ、そして踏み込んで左フック。なかなか思い切った攻めだが、攻めるときのモーションが大きい。2R、相手の隙を狙うマルケス。右フックをカウンターでヒットさせる。3R、右カウンターでアレオラがダウン。ダメージ深く、そのままストップされた。マルケスが隙のある相手を一蹴。アレオラはブランクがちであるうえに大味なボクシング。それでは登り調子のマルケスには勝てない。これが最後の試合に。)

 

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界四階級王者。「リカルド・ロペス」タイプ。ダリル・ピンクニー戦、アガピト・サンチェス戦ほかを紹介します。


ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


ファン・マヌエル・マルケス 10R 判定 ダリル・ピンクニー

(フェザー級戦、1996年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

5R:左フック連打でピンクニーがダウン

7R:左フック連打でマルケスがダウン

9R:右ストレートでピンクニーがダウン

(感想:マルケスはメキシコシティ出身(後、世界王者になった弟ラファエルも)。ギャングがのさばる治安の悪い地区で育ったが、悪の道に染まることはなかった。8歳でボクシングで始める。アマチュアからプロへ。1993年、19歳でのデビュー戦は反則負け。その後、連勝で、これまで16勝(12KO)1敗、23歳。22勝(15KO)21敗2分のピンクニー(29歳)はフロリダ州ハランデール・ビーチ出身の黒人。ニックネームは「The Nightmare(悪夢)」。1985年、デビュー。勝ったり負けたり連敗したりのキャリアだが、北米J・フェザー級王座を獲得したり、ジュニア・ジョーンズをTKOで下したり、といった実績。直前の試合は後の世界王者グディ・エスパダス・ジュニアを7RでTKO。どうやら「ここぞ」という時に気合いが入るタイプらしい。ネバダ州ステートライン「シーザース・タホ」での一戦(マルケスのセコンドにナチョ・ベリスタイン)。リカルド・ロペスそっくりなマルケス。足の使い方、パンチの出し方(ガードを上げてジャブ、ワンツーからの左フック)がほぼ同じ。左フックをボディからアゴへ連打する器用さも。ただ、端正でクリーンなボクシングではあるが、ややパワーは軽め。ピンクニーもまたジャブを基本とするタイプで、用心深くディフェンス。動きは悪くないが、右ストレート、左フックが単発でかわされてしまう。5R、見事な左フック連打でピンクニーがダウン。7Rは逆にワンツーをかわされた後に左フックを連打されてマルケスがダウン。その後もマルケスがジャブで先手を取り、コンビネーション。9R、左フックからの右ストレートでピンクニーがダウン。10R終了。判定は3-0。マルケスがテクニックで勝利。強打するシーンもあり、強弱を付けて攻撃ができるバランスの良さがあった。ピンクニーはダウンを奪ったシーンは良かったが、攻めが単発。安定的に勝ち続けられないのはそれが原因だろう。その後、ピンクニーはフレディ・ノーウッド、オスカー・ラリオスに敗れるなど多くの敗北。2006年までリング活動。通算戦績24勝(16KO)42敗3分。)


ファン・マヌエル・マルケス 9R TKO ロドリゴ・バレンズエラ

(ライト級戦、1996年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:右ストレートでバレンズエラがダウン

8R:左アッパーでバレンズエラがダウン

(感想:ピンクニー戦の次の試合。バレンズエラ(25歳)は敗北が多いメキシカン(TVテロップには「9勝(4KO)12敗1分」とある)。元WBO王者ダニエル・ヒメネスには判定負け。「マルケスに勝たせるために選んだ相手」といった感じもするが、どんな試合になるか? カリフォルニア州イングルウッド「Great Western Forum」での一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア)。リズミカルにジャブを出すマルケス。伸びのある右ストレート、リカルド・ロペスばりの「突き上げるような左フック」。ワンツーからの左ボディにパワーがあり、左ボディ連打からの右ストレートを使いこなすバランスの良さも。バレンズエラは受け身。ディフェンスしながら意表を突くかのように左右フック連打。ややトリッキーな攻め方で、攻撃の正確さに欠ける(マルケスと対照的なスタイル)。2R、左フックからの右ストレートでバレンズエラがダウン。4R、バッティングでマルケスが少し負傷。その後も攻めるマルケス。バレンズエラはディフェンスしながら連打で粘る。8R、実に見事な左アッパーでバレンズエラがダウン。立ったが、このラウンド終了後に棄権した。マルケスが伸びのあるパンチで快勝。コンビネーションが正確で良かった。バレンズエラはしぶといタイプだったが、そこまで。その後も中堅相手に試合してキャリア終了。)


ファン・マヌエル・マルケス 12R 判定 アガピト・サンチェス

(NABOフェザー級タイトル戦、1997年)

「四階級制覇」ファン・マヌエル・マルケス①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:マルケスがタイトル初防衛。決定戦でNABOフェザー級王座を獲得したマルケスが初防衛戦。挑戦者サンチェス(27歳)はドミニカの黒人で、これまで22勝(14KO)3敗1分。連敗したこともあったが、ドミニカ王座(バンタム級、次いでJ・バンタム級)、全米J・フェザー級王座、WBCインター王座(フェザー級)獲得。マルコ・アントニオ・バレラのWBO世界J・フェザー級王座への挑戦は判定負け。再起三連勝中。「Great Western Forum」での一戦。共にリズミカルな動き。ステップを踏みながらジャブ。距離を取りながら戦うところも共通。中間距離での攻防。ワンツー、フック。サンチェスは思い切りのいい右ストレートを打つが、体格的に小柄なためかよけられてしまう。8R、激しく連打するマルケスだが、サンチェスはディフェンス。共に決定打に欠けるが、マルケスが攻めの姿勢で12R終了。判定は大差の3-0。マルケスがジャブ、ワンツーで勝利。ただ、盛り上がるシーンは少な目。サンチェスは器用だが、攻撃をかわされて不発。ディフェンスができる者同士の対戦はこの試合のように「スレ違い」になることがよくある。その後のサンチェス。フレディ・ノーウッドに判定負け、オスカー・ラリオスにTKO勝ち。2001年、決定戦でかつて獲りそこねたWBO世界J・フェザー級王座を獲得。IBF王者マニー・パッキャオと統一戦でドロー。二度目の防衛戦でTKO負け、王座陥落。)

 

2025年7月21日月曜日

「英国フェザー級」パット・カウデル②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

英国・欧州王者。キャリア終盤のジョン・ドハーティ戦、ナジブ・ダホ戦(初戦・再戦)を紹介します。


パット・カウデル(イギリス)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


パット・カウデル 6R TKO ジョン・ドハーティ

(英国J・ライト級タイトル戦、1986年)

「英国フェザー級」パット・カウデル②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:カウデルがタイトル獲得。二度目の世界挑戦でアズマー・ネルソンに1RでKO負けしたカウデル。再起ロード中で、これまで31勝(15KO)4敗、32歳。21勝(3KO)3敗3分の王者ドハーティ(23歳)は英国ブラッドフォード出身の白人。1986年、デビュー。中堅を相手に試合。敗北を喫しながら経験を積み、ローカル王座(フェザー級)獲得。決定戦で英国王者になり、カウデルと初防衛戦。ブラッドフォードでの一戦。互いにジャブ連打、ワンツー、左フック。攻めるカウデル、フットワークで距離を取りながら応戦するドハーティ。2R、カウデルの左フックがヒット。連打で反撃するドハーティだが、カウデルはディフェンス。その後も攻めるときに隙を見せるドハーティ。カウデルがコンビネーション(ワンツーからの左ジャブ、ワンツーからの左フック)で当てる巧さを披露。6R、カウデルの右フックが「ガツン」と入ったところでレフェリーストップ。カウデルが手数&隙を突くパンチで勝利。残念だったドハーティ。英国の選手はアップライト型が多く、ガードが甘いことが多い。ドハーティはカウデルには敵わないレベルだった印象。その後、ドハーティは英国王座を奪回しては初防衛に失敗。安定感に欠けるキャリアとなった。)


ナジブ・ダホ 1R KO パット・カウデル

(英国J・ライト級タイトル戦、1986年)

「英国フェザー級」パット・カウデル②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:左フックで3度、カウデルがダウン

(感想:ダホがタイトル獲得。ドハーティ戦の次の試合は英国王座の初防衛戦。挑戦者ダホはモロッコ出身。1977年、デビュー。英国を主戦場に連勝したり連敗したり。後の世界王者バリー・マイケルに判定勝ち、元世界王者ケン・ブキャナンにKO負け、英国のローカル王座(J・ライト級)を判定で獲得。波があるキャリアだが、このところ連勝中。英国マンチェスターでの一戦。ダホが先制攻撃。いきなりの左フックでカウデルが早くもダウン。さらに左フックで二度目。速攻のダホ。カウデルはジャブで体勢を立て直そうとするが、強烈な左フックで三度目のダウン。どうやら「スリーノックダウンルール」らしく、関係者がリングインして試合終了。ダホが左フックで圧勝。パンチにはパワーとキレがあった。カウデルはアズマー・ネルソンに1Rでやられたときの悪夢が甦った形。丹念にジャブを突いて試合を組み立てるのがいつものパターンだが、相手の思い切った攻めに飲み込まれた。その後、両者は再戦。)


パット・カウデル 9R TKO ナジブ・ダホ

(英国J・ライト級タイトル戦、1987年)

「英国フェザー級」パット・カウデル②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:カウデルがタイトル奪回。ダホに1Rでやられたカウデルが再起二連勝でダホに挑戦。カウデルに勝ったダホはその次の試合でバリー・マイケルのIBF世界J・ライト級王座に挑戦して3-0の敗北(雪辱された形)。再起戦はジャン・マルク・レナールにTKO負けで欧州J・ライト級王座獲得ならず。再起二連続TKO勝ちでカウデルと防衛戦。英国バーミンガムでの一戦。今回のカウデルはいつもと違う。ジャブ&ディフェンス。時折打たれるが、クリンチ&ホールドで更なるダメージを回避。まさに「なりふり構わず」といったところ。ただ、パンチには隙を突く正確さ。ダホは前回のように長いパンチを使用。右ストレート、アッパー気味の右フックに迫力。しかし、接近戦はあまり得意ではないらしく、クリンチされてしまう。中間距離で互いのパンチがヒット。パワフルで大きなパンチのダホ。カウデルは警戒しながら細かい連打。9R、カウデルのジャブ、右ストレートがヒットする。左フックが入ったところでレフェリーストップ。勝って大喜びのカウデルだが、ダホは「早すぎるストップ」に不満。映像で見た感じではダホはまだまだ続行可能に見えた。レフェリーが一方の選手をひいきしたなどと考えたくはないが、そんな感じの結末だった。試合自体は一進一退。ダホの大きなパンチは迫力があったが、空転するシーンも。カウデルは打たれながらもその隙を突いていた。その後の二人。ダホは再起戦でパット・ドハーティにTKO負け(連勝しては連敗するのがダホのパターン)。しかし、ドハーティとの再戦に勝利して英連邦王座獲得(ライト級)。初防衛にも成功。ところが、やっぱり。その後、三連敗で引退。ラストファイトは1991年。1993年に34歳で死去(モロッコで交通事故)。カウデルはTKO負けして奪回したこの英国王座の初防衛に失敗、引退。結局、世界王者にはなれなかったが、サンチェスやネルソンといった有名選手と試合できてよかったのではないか。引退後はトレーナーに転身。)

 

「英国フェザー級」パット・カウデル①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

英国・欧州王者。ジャブ連打が武器。サントス・モレノ戦、カルロス・エルナンデス戦ほかを紹介します。


パット・カウデル(イギリス)

身長170cm:オーソドックス(右構え)


パット・カウデル 7R TKO サントス・モレノ

(ライト級戦、1985年)

「英国フェザー級」パット・カウデル①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:英国ウェスト・ミッドランズ州スメスウィック出身の白人カウデル。1976年のモントリオール・オリンピックでバンタム級銅メダル。プロ入り後は二敗してしまったが、英国フェザー級王座を獲得・防衛。連勝の勢いでサルバドル・サンチェスのWBC世界フェザー級王座に挑戦したが、ダウンを食って2-1の敗北(1981年)。再起戦で獲得した欧州王座(フェザー級)を防衛。欧州J・ライト級王座も獲得、防衛(ロベルト・カスタノンをTKOして初防衛)。後の世界王者ケルビン・シーブルックスにTKO勝ち。サンチェス戦以来、連勝。これまで27勝(13KO)3敗。残すターゲットは世界王座のみ、といった状況。モレノは42勝8敗のメキシカン(ミゲル・アウサ出身)。北米王座(フェザー級、J・ライト級)に三度挑戦して判定負け。後の世界王者マルコス・ビジャサナにTKO負け(メキシコ・フェザー級王座戦)、カルビン・グローブに判定負け。直前の試合はKO勝ち。一定の強さを持つ選手のようだ。英国バーミンガムでの一戦(レフェリーはジョン・コイル)。慎重に相手を警戒しながらジャブを多く出すカウデル(いつものパターン)。モレノは長いパンチを使う男で、ワンツー、左右ロングフック。踏み込んで打つ左フックに威力が感じられる。とにかくジャブ中心のカウデル。モレノは次第に受け身になり、右ストレートを食う(4Rほか)。7R、攻めるカウデル。左フックからの右ストレートを決めたところでレフェリーストップ。カウデルが地道にジャブを使って勝利。非常に用心深い試合ぶりだった。モレノは大きく振るため疲れたか。消極的になったのを「戦意喪失」と見なされたようだ。その後のモレノ。メキシコ・フェザー級王座戦で判定負け、ラファエル・リモンにKO負けするなど負けが増えていったが、キャリア終盤には世界を目指すヘクター・ロペス、ビンス・フィリップス、トッド・フォスター、ロジャー・メイウェザーと対戦した。)


パット・カウデル 12R 判定 カルロス・エルナンデス

(欧州J・ライト級タイトル戦、1985年)

「英国フェザー級」パット・カウデル①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:カウデルがタイトル防衛。モレノ戦の次の試合は欧州王座の二度目の防衛戦。挑戦者エルナンデスは元王者。スペイン・タバラ出身で、これまで36勝(12KO)8敗5分。ロベルト・カスタノン(スペイン)に敗北、スペイン王座戦(J・ライト級)でKO負け。欧州J・ライト級王座を獲得できたが、初防衛ならず。王座を奪回してから好調で、連続防衛(カスタノンとドローで防衛)。しかし、世界は広い。コーネリアス・ボサ・エドワーズにTKOで王座陥落。再起戦の相手は後のWBO王者ダニエル・ロンダで、判定負け。スペイン王座(J・ライト級)獲得、初防衛に失敗、奪回。カウデルからかつて保持していた欧州王座を奪回できるかどうか、といったところ。バーミンガムでの一戦。いつものように猫背な姿勢からジャブ連打のカウデル。実に手数が多く、ワンツー、フック、ボディ打ちで隙を狙う。エルナンデスは一発一発にパワーを込めるタイプで、時折サウスポーにスイッチする器用さ。ジャブで先手を取るカウデル。次第に手数を増していくエルナンデス。8R、エルナンデスが左ボディ連打、ワンツー。9Rにはコンビネーション(右ストレートからの左フック、右アッパーからの左フック)。しかし、ジャブが少ないため攻撃をかわされるシーンが多いように見える。手数のカウデル、パワーのエルナンデス。最後まで一進一退のまま12R終了。判定は中差の3-0。カウデルが手数で勝利。危険なパンチをかわし、時にはクリンチで試合を優位に進めた。エルナンデスはパワフルで良かったが、ジャブが少なかったのが惜しい。これが最後の試合に。)


パット・カウデル 6R TKO スティーブ・グリフィス

(ライト級戦、1986年)

「英国フェザー級」パット・カウデル①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:エルナンデス戦後、ノンタイトル戦に勝利してアズマー・ネルソンのWBC世界フェザー級王座に挑戦したカウデルだが、何と1RでKO負け(1985年)。グリフィスと再起戦。中堅選手グリフィスはロンドン出身の黒人サウスポー。これまで12勝(4KO)4敗。ダニエル・ロンダにTKO負け、英国のローカル王座(ライト級)に挑戦してKO負け。英国ドンカスターでの一戦。1R、共に速いパンチで手数。カウデルのテンポの速い攻めにグリフィスは右ジャブ、左ストレート、右フックで応戦。カウデルの右カウンターがヒット。攻めるときのガードに甘さがあるグリフィスは2R以降、慎重に距離を取ってカウンター作戦。カウデルはネルソンにKOされた後遺症は無さそうな動きで、ワンツー、フック連打、コンビネーション(左フックからの右ストレート、右アッパーからの左フック)。4R、互いにカウンター。6R、相手の勢いに押されるグリフィス。右ストレート、左フックを食ってクリンチで対応するが、さらに連打されたところでレフェリーストップ。カウデルが積極的に攻めて勝利。パンチにはキレがあった。グリフィスは悪くなかったが、ガードの隙を突かれた。その後、グリフィスは中堅相手に勝ったり負けたりでキャリアを終えた。)

 

2025年7月20日日曜日

「連続KO男」ハイメ・ガルサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界J・フェザー級王者。世界王座陥落後のダリル・シグペン戦、ジョー・ルエラス戦、ジェームズ・マニング戦を紹介します。


ハイメ・ガルサ(アメリカ)

身長175cm:オーソドックス(右構え)


ダリル・シグペン 6R TKO ハイメ・ガルサ

(フェザー級戦、1987年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:左ストレートでガルサがダウン

3R:左フックでシグペンがダウン

4R:左フックでガルサがダウン

6R:連打、右フック(?)で2度、ガルサがダウン

(感想:世界王座陥落後、四連続KO勝ちのガルサ。シグペンはミズーリ州セントルイス出身の黒人サウスポー。KO負けがあるが、KO勝ちも多い(おそらく「パワーで勝負するが、打たれ弱さや隙がある」タイプなのだろう)。ローカルイベントで優勝経験(実力者ジミー・ナバロをKO)。直前の試合はTKO勝ち。カリフォルニア州アーバインでの一戦。シグペンは距離を取って戦うタイプ。右のガードを下げた構えから左カウンター、右フック。勇敢なガルサは誰とやっても前進。ワンツー、左フック、しゃくるような右フック。ディフェンシブなシグペンだが攻めるときは意外にパワーがあり、隙を突くパンチを入れる。2R、左ストレート、右フックを食ったガルサが左ストレートでダウン。3Rは右ストレートが効いたシグペンが左フックでダウン。互いにパンチを食って勢いが落ちた状況。打たれるクセがあるガルサはより不利。4R、左フックでガルサがダウン。6Rには二度ダウンを喫してヨロヨロになり、そのままレフェリーストップ。シグペンが隙を突く攻撃で勝利。ガルサは残念。勢いがあった頃は打たれる欠点をパワーでカバーできたが、この試合ではスピード感に欠けた動き。引退した方がよさそうな動きの重さが感じられた。その後のシグペン。後に辰吉戦で日本でも有名になるグレグ・リチャードソン(全米J・フェザー級王座戦)、ダニエル・サラゴサ(北米J・フェザー級王座戦)に判定で二連敗で引退。)


ハイメ・ガルサ 10R 判定 ジョー・ルエラス

(フェザー級戦、1987年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

9R:左フックでルエラスがダウン

(感想:シグペン戦の次の試合でドワイト・プラチェットに判定勝ちして再起を飾ったガルサ(27歳)。次の相手ルエラス(24歳)はカリフォルニアの選手。フレディ・ローチにTKO負けした後、決定戦で北米フェザー級王者に。初防衛戦でバーナード・テーラーに判定負け。再起戦でフリアン・ソリス(元WBA世界バンタム級王者)をKOしてガルサ戦。カリフォルニア州イングルウッドでの一戦。似たタイプの二人。ジャブ、ワンツー、左フックの攻防。ルエラスは右の打ち方に特徴があり、打ち下ろすように打つ場合も(チョッピングライトでバーナード・テーラーをダウンさせたことがある)。ガルサは右でボディを叩くが、例によって打たれる。6R、打ち合い。左フック、右ストレートを食うガルサ。激しい攻防に観客は拍手喝采だが、ガルサはダメージ。9R、左フックを食って後退したルエラス。左フックでダウン。その後も打ち合って10R終了。判定は2-1。ガルサがディフェンスの甘さを手数&パワーでカバーして勝利。ルエラスはよく頑張ったが、パワーでやや押された。その後、ルエラスは中堅相手に二連勝で引退。)


ハイメ・ガルサ 6R TKO ジェームズ・マニング

(フェザー級戦、1987年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:左フックでマニングがダウン

4R:ワンツーでマニングがダウン

6R:右フックでマニングがダウン

(感想:ルエラス戦の次の試合で判定負けのガルサが再起戦。マニングはオレゴン州の白人。ニックネームは「Sweet Baby」(幼い感じの顔立ちが由来と思われる)。中堅相手に戦ってきたキャリアで、ジェローム・コフィ戦、北米バンタム級王座戦、グレグ・リチャードソン戦に敗北。このところラウル・ペレス(後、世界二階級制覇)、アルフレド・ランヘル(後、世界挑戦)に判定で二連敗中。カリフォルニア州ロング・ビーチでの一戦。1R、フットワーク&速いジャブのマニング。タイミングのいい左フックを食って早くもダウン。ガルサがワンツー、フック、ボディ打ち。やはりパワーがあるようで、マニングは押され気味に。ジャブ、ワンツーで何とか抵抗。4R、パワフルなフックを見せたマニングだがやはり受け身の姿勢で、クリンチも使用。ワンツーでダウン。6R、ガルサの実に強烈な右フック。大の字に倒れたマニングを見て、レフェリーは直ちに試合を止めた。ガルサが快勝。動き、最後の右フックなどに良さがあり、いい勝ち方だった。マニングは良いフックを持っていたが、1Rのダウンが効いたか。これが最後の試合に。その後のガルサ。次の試合でメキシコの危険人物マルコス・ビジャサナにKO負け。再起戦に勝利して引退。1993年と1995年に二度カムバックしたが、いずれもTKO負け。世界王座陥落後は一度も世界挑戦無し。連続KOで全勝だった頃、このようなキャリアになると本人やファンは予想しただろうか?)


2025年7月19日土曜日

「連続KO男」ハイメ・ガルサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界J・フェザー級王者。強打と弱点。カルメロ・ネグロン戦、ウーゴ・パルティダ戦ほかを紹介します。


ハイメ・ガルサ(アメリカ)

身長175cm:オーソドックス(右構え)


ハイメ・ガルサ 5R TKO カルメロ・ネグロン

(J・フェザー級戦、1982年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:強打者ガルサはカリフォルニア州サンタクルーズ出身。ニックネームは「El Rayo(稲妻)」(早い回でのKO勝ちが多いことから)。子供の頃から兄弟でボクシングをスタート(兄はプロで数戦やったが、挫折したとか)。プロ入り後、中堅どころを相手にKOの山を築いてこれまで全勝。毎月のようにリングに上がってきたが、このところ少し試合間隔がある。ネグロンはプエルトリカンで、主戦場はニューヨーク。デビューから連続KO勝利後、初のプエルトリコでの試合でTKO負け。再起戦に勝利してガルサ戦。ラスベガスでの一戦(レフェリーはリチャード・グリーン)。共に22歳。互いにジャブ。アフロヘアーのネグロン(「プエルトリコの具志堅」といった感じ)。小柄な身体でよく動き、シャープなジャブ。ケンカのような打ち方で右ストレート、フック(斜め下からの右フックも使用)。ガルサは一発一発にパワーを込めるタイプ。強いワンツー、左フック。カウンターで左フックを当てる器用さがあるが、真っ直ぐ攻めるクセ。接近戦。強打の応酬。互いのパンチがヒット。4R、ガルサがストレート、フックでラッシュ。5R、ネグロンの右目尻あたりの負傷によりドクターストップ。ガルサが攻めの姿勢で勝利。パンチ自体は強いものがあったが、攻めるときのガードに甘さ。力みすぎが原因と思われる。ネグロンは強いパンチを当てるシーンもあったが、ディフェンスされた。その後のネグロン。次の試合で後の世界王者ケルビン・シーブルックスにTKO勝ちできたが、どうしたことかその後はサッパリ。ルイ・エスピノサらを相手に連敗で引退(1986年)。1996年にカムバックして中堅相手に試合。イリノイ州ライト級王座をKOで獲得して引退。)


ハイメ・ガルサ 1R KO ウーゴ・パルティダ

(J・フェザー級戦、1982年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:左フックでパルティダがダウン

(感想:これまで35連勝(33KO)のガルサ。ネグロン戦の次の試合の相手パルティダはメキシカン。TVテロップには「15勝(10KO)3敗1分」とある。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦(リングアナはジミー・レノン・シニア、レフェリーはルー・フィリポ)。互いにジャブ、左フック。ガルサはパワーを入れてワンツー、左フックからの右ストレート。バランスを崩すほど左フックを思い切り振っていく。左フックでパルティダがダウン。立ったが、再開してまもなくワンツーを食ったところでレフェリーストップ。ガルサが圧勝。このレベルの相手なら多少ガードが甘くても勝てるだろう。パルティダも思い切りのいい左フックを振るったが、当たらなかった。その後、 パルティダはフランク・セデニョ、ヘスス・サルード、ジェシー・ベナビデス、ジョニー・タピアらを相手に全敗。)


ハイメ・ガルサ 5R KO アウストレベルト・ペレス

(フェザー級戦、1983年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:左フックでペレスがダウン

5R:右アッパーでペレスがダウン

(感想:ボビー・ベルナを決定戦でKOしてWBC世界J・フェザー級王者になったガルサ(1Rにダウンを食う、厳しい試合だった)。その次の試合はノンタイトル戦。ペレスは中堅どころのメキシカン。主戦場はメキシコシティ。世界挑戦経験者ルーベン・カスティーヨとドロー。主戦場をアメリカに移したが、このところ三連敗中。ロサンゼルス「オリンピック・オーディトリアム」での一戦。相手の強打を警戒するペレス。せわしない動きでジャブ、右ストレート。ガルサは得意のワンツーで前進するが、ジャブを食うシーンも。2R、左フックが効いたペレス。右ストレートからの左フックでダウン。その後もパワーでガルサ優勢。ペレスはジャブで抵抗するが、左フックを食ってクリンチ。5R、右アッパーでペレスが前のめりにダウン。立てず、KO。ガルサが通常運転で勝利。アッパーやフックをタイミング良く当てるセンス、隙を突くセンスがあった。ペレスは終始押され気味。どうせやられるのならもっと思い切った攻めをして欲しかったところ(無理?)。その後、ペレスは勝ったり負けたり。ビクトル・ラバナレスの兄ブルーノには判定負けだった。)


ハイメ・ガルサ 4R TKO マリオ・ゴメス

(フェザー級戦、1986年)

「連続KO男」ハイメ・ガルサ①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

4R:右ストレートでゴメスがダウン

(感想:ペレス戦の次の試合でフェリッペ・オロスコをKOして世界王座の初防衛に成功したガルサだが、二度目の防衛戦でファン・メサに何と1RでKO負け(1984年)。衝撃的かつあっけない初黒星にショックを受けたか、ブランク。1986年にカムバックして二連続TKO勝ち。ゴメスはメキシコのヌエボ・ラレド出身のサウスポー。ガビー・カニザレス、ダニエル・サラゴサ、ヒルベルト・ローマンには敗れたが、中堅どころに勝利してきた。ただ、このところ判定で二連敗中。カリフォルニア州アーバインでの一戦。共に24歳。左右の構えは違うが、足でリズムを取ってジャブ。ガルサはやや慎重なボクシング。ワンツーからの左フック、左フックからの右ストレート、右ボディ打ちで勝負。ゴメスはやはり強打者を相手に距離を取りたいらしく、左でカウンターを狙う。接近戦では互いにフック攻撃。パワーで押すガルサだが、時折打たれる。4R、左ストレートを決めたゴメスだが、左フックが効いた。左ボディからの右ストレートでダウン。ダウンと同時にストップされた。ガルサがコンビネーションで勝利。ディフェンスを意識しているかのような試合ぶりだったが、真っ直ぐ攻めるクセは最早治せない。ゴメスは相手の強打に飲み込まれた形。ガルサは相当パンチが強いようだ。その後もゴメスは多くの試合。ジョンジョン・モリナ、マヌエル・メディナに敗れるなど勝ったり負けたりだったが、後の世界王者で強打者のヘスス・サルードにTKO勝ち。一定の実力があるところを見せた。)