2025年4月3日木曜日

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界ウェルター級、S・ウェルター級王者。北米王座戦&その後。サンティアゴ・サマニエゴ戦、ビンス・フィリップス戦ほかを紹介します。


バーノン・フォレスト(アメリカ)

身長183cm:オーソドックス(右構え)


バーノン・フォレスト 7R KO サンティアゴ・サマニエゴ

(北米ウェルター級タイトル戦、1999年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

7R:右ストレートでサマニエゴがダウン

(感想:フォレストがタイトル防衛。世界ランカーのフォレスト(28歳)。これまで29連勝(24KO)。三度目の防衛戦。挑戦者サマニエゴ(25歳)はパナマの黒人で、ロベルト・デュランのいとこ。27勝(23KO)4敗1分。パナマでデビュー。連勝して主戦場をアメリカへ。「NBA」なる団体のウェルター級王座戦で判定負け、初黒星。NABO王座(ウェルター級)獲得後、WBO世界ウェルター級王座決定戦に出場したが判定負け。一定の実力はあるようだが、時折取りこぼしがあるキャリア。ジョージア州オーガスタでの一戦(フォレストのセコンドにルー・デュバ。会場ではイベンダー・ホリフィールドが観戦)。ガードを上げてジャブのサマニエゴ(構え方、打ち方、後ろ姿がウィルフレド・バスケスに似た雰囲気)。フォレストは快調。ジャブ連打、ワンツー、左ボディ打ち、左フックトリプル、しゃくるようなアッパー気味の右フック。勇敢なサマニエゴは接近戦で打ち合うが、攻撃力ではフォレスト。ディフェンスしながら強打をヒットさせる。7R、左フックからの右ストレートでサマニエゴがダウン。立ったが、カウントアウト。フォレストが素晴らしいパンチ。しかし、もうそろそろ年齢的にも世界戦をやらねば。サマニエゴは打ち返す粘り強さはあったが、そこまで。その後、サマニエゴはIBA王座戦(スーパーウェルター級)で判定負け。中堅には強かったが、それ以上にはなれなかった。)


バーノン・フォレスト 12R 判定 ビンス・フィリップス

(北米ウェルター級タイトル戦、2000年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:フォレストがタイトル防衛。フォレストの2000年初試合(1月)は実力者との四度目の防衛戦。これまで40勝(29KO)4敗の挑戦者フィリップスはフロリダ州ペンサコーラ出身の黒人(ロイ・ジョーンズ・ジュニアと同じ)。パワーが売り物。アマチュアで優秀な成績(タイトルも獲得)。プロ入り後は連戦連勝。薬物でブランクを作ってしまうなど問題もあったが、IBFのインター王座(J・ウェルター級)を獲得。アンソニー・ジョーンズ(パーネル・ウィテカーの統一世界ライト級王座に挑戦したこともある実力者)に負けて、初黒星。初の世界挑戦ではアイク・クォーティにKO負け(WBA世界ウェルター級王座戦)。コンスタンチン・チューをTKOで下してIBF世界J・ウェルター級王座獲得。四度目の防衛戦でTKO負け、王座陥落。再起戦に勝利してフォレストに挑戦。ラスベガスでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはリチャード・スティール)。フィリップスのベルトラインにニックネームの「COOL」(「カッコいい男」の意)。ゴング前、フォレストのセコンドのルー・デュバがフィリップスに何やらクレーム(うるさい男だが、それが名物になっている)。試合の方は一進一退。互いにジャブ。ロングレンジではフォレストが長いパンチで有利。接近戦では互いにディフェンスできるため、パンチが当たっても単発。両者、決め手に欠け、クリンチも目立つ。フィリップスは右パンチにパワーを込めるが、力みすぎて空転。しかも、左マブタ付近をカットするハンデ。フォレストの右フックがクリーンヒット。フィリップスが勢いで押すシーンも。12R終了。判定は3-0。フォレストのジャブ、長いフックが評価されたか。ポイントでは大差がついたが、大きな実力差は無し。派手なダウンシーンも無し。ディフェンスができる者同士の試合はこういう内容になりがち。これが本当のプロボクシング。その後もフィリップスはリングに上がり、WBC米大陸王座(スーパーウェルター級、次いでウェルター級)を獲得する活躍。しかし、敗北もあり、世界王座に返り咲くことはなかった。)


バーノン・フォレスト 4R KO エドガル・ルイス

(スーパーウェルター級戦、2001年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

4R:右アッパーで2度、ルイスがダウン

(感想:ビンス・フィリップスに競り勝ったフォレスト。その次の試合は待望の世界戦。しかし、ノーコンテストで王座獲得ならず。改めてラウル・フランクとIBF世界ウェルター級王座決定戦を行い、3-0で王座獲得。ルイスとノンタイトル戦。ルイスはメキシカン。アマチュアで実績。1992年バルセロナ・オリンピックにライトウェルター級で出場(メダルは獲得ならず)。プロデビュー。連勝後、TKOで初黒星。WBC米大陸王座、NABO王座(ウェルター級)獲得。しかし、デビッド・カマウに敗北、NABO王座陥落。このところコーリー・スピンクスらを相手に二連敗中。ウェストバージニア州チェスターでの一戦。互いに力強いパンチ。しかし、パンチの伸び、パワーに違いが。ダッキングしながらジャブ連打、ワンツー、フック、アッパーのフォレスト。ルイスはフック、左ボディ打ちに強さがあるが、押され気味。4R、右アッパーでルイスがダウン。立ったが、再びアッパーで10カウント。フォレストが強打で快勝。強いパンチでありながら連打の回転が速く、隙を突くのが巧いのがフォレストの強味。ルイスはKOされたが、決して弱くはなかった。その後のルイス。二連敗で引退。カムバックしてWBCの地域王座(スーパーウェルター級)獲得。防衛にも成功。しかし、世界挑戦のチャンスは無かった。)


その後のフォレスト 

IBF王座を一度も防衛することなく返上。エドガル・ルイス戦の次の試合はシェーン・モズリーのWBC世界ウェルター級王座への挑戦。これに判定勝ち。再戦も3-0でフォレスト勝利(モズリーとは相性が良かった)。しかし、ニカラグアのリカルド・マヨルガにKO負けで王座陥落、初黒星。再戦もマヨルガ勝利(2-0の判定。マヨルガとは相性が良くなかった)。階級を上げて元世界ウェルター級王者カルロス・マヌエル・バルドミールとWBC世界スーパーウェルター級王座決定戦。二階級制覇。その後は不安定で、王座を防衛したり、失ったり、奪回したり。そして2009年7月25日。ガソリンスタンドで強盗と銃撃戦になり、フォレストは死んだ(38歳)。) 

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

世界ウェルター級、S・ウェルター級王者。北米王座戦のエド・グリフィン戦、スティーブ・マルティネス戦ほかを紹介します。


バーノン・フォレスト(アメリカ)

身長183cm:オーソドックス(右構え)


バーノン・フォレスト 8R KO イサック・クルス

(J・ウェルター級戦、1996年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

8R:ワンツーでクルスがダウン

(感想:ジョージア州出身の黒人フォレスト。ニックネームは「The Viper(毒ヘビ)」。スラリとした長身からキレとパワーのあるパンチを飛ばす様は「Black Mamba(毒ヘビ)」と呼ばれたロジャー・メイウェザーと雰囲気が似ている。ボクシングを始めたのは9歳。アマチュアで優秀な成績。バルセロナ・オリンピック(1992年)にライトウェルター級で出場(メダルは獲得ならず)。プロ入り後は中堅どころを相手にこれまで16連勝(13KO)で、25歳。クルス(22歳)はメキシカンで、10勝(9KO)3敗。実力者アイバン・ロビンソンに判定負けしたが、それ以来、三連勝中。カリフォルニア州インディオの屋外リングでの一戦(リングアナはジミー・レノン・ジュニア、レフェリーはルー・フィリポ)。しつこい連打が売りのクルス。開始からサウスポーにスイッチしたりしながらしつこく攻めの姿勢。ただ、ガチャガチャした粗い攻撃。フォレストは距離を取ってジャブ、ストレートで反撃したり、アッパー気味のボディ打ち、左フックのダブル(ボディからアゴへ)などを使ったり(器用かつパワフル)。4R、クリンチしたり、頭を押しつけたりしながら攻撃するクルスにフォレストが怒りのヘディングで試合中断。その後、クルスは前に出るが、勢いが落ちてさらに攻めが雑に。6R、フォレストが減点(ローブロー?)。結局、ボクサーとして優れているのはフォレストの方。8R、ジャブ連打からのワンツーでクルスがダウン。立てず、KO。フォレストがしなやかながらパワーのある強打で快勝。リーチが長い選手にありがちな「ぎこちなさ」は無し。デビューから連勝だった頃のトーマス・ハーンズのような戦いぶりだった。一方、ラフな攻撃で名レフェリーのルー・フィリポを困惑させたクルス。ただしつこいだけだったような気も。その後、クルスはメキシコ王座(ライト級)を獲得、防衛。ただ、ジョンジョン・モリナに敗れるなど上位陣には勝てず、ローカルな実力者としてキャリアを終えた。)


バーノン・フォレスト 7R TKO ペドロ・サイス

(ウェルター級戦、1997年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:中堅相手に連勝中のフォレスト。サイスはドミニカ共和国の黒人サウスポー。アマチュアで実績。1988年のソウル・オリンピックにライトウェルター級で出場(アイク・クォーティに敗れてメダル獲得ならず)。プロではアメリカを主戦場にデビューから連勝だったが、ニューヨーク州王座戦(J・ウェルター級)で判定負け、初黒星。その後、同王座獲得。イサック・クルスに敗北。ニューヨーク州王座(ウェルター級)獲得。その次の試合でフォレストと勝負。アトランチックシティでの一戦(リングアナはメガネを掛けたエド・デリアン(昔は掛けていなかった。年月の流れを感じる)。フォレストのセコンドにルー・デュバ)。身長差のある試合(サイスは170cm)。左右の構えは違うが、共に速いジャブ、ワンツー。動きも機敏。接近戦では互いにフック、ボディ打ち。しかしながら、背が高いフォレストがリーチの長さ、懐の深さで優位。1Rから右ストレートをヒットさせるなど攻撃力で優勢(斜め下からのフックも迫力)。攻めるフォレスト。サイスはワンツー、右フックをディフェンスされて焦り。ホールドしながら攻撃してフォレストを怒らせる。6R終了後、サイスは棄権。それに不満の様子のサイス。ドクター、またはセコンドの申し出で棄権することになったのだろう。フォレストが激しい攻めで勝利。パンチにキレとパワー。サイスは右フックにパワーがあったが、体格差に泣いた。その後のサイス。シャンバ・ミッチェル(WBA世界J・ウェルター級王座戦)、ビンス・フィリップスらに敗北。大きな王座は獲れなかった。)


バーノン・フォレスト 2R TKO エド・グリフィン

(北米ウェルター級タイトル戦、1998年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:右フック、右フック連打、連打で3度、グリフィンがダウン

(感想:フォレストがタイトル初防衛。勝ち続けるフォレスト。レイ・オリベイラを判定で下してWBC米大陸王座(ウェルター級)獲得。決定戦でアドリアン・ストーンをTKOして北米王座(ウェルター級)も獲得。グリフィンと北米王座の初防衛戦(どうやら米大陸王座は返上したようだ)。グリフィンはメリーランド州ボルチモアの黒人で、これまで15勝(5KO)5敗。デビューから連勝だったが、判定で二連敗。その後、連勝したが、ライアン・ローデス戦(IBFインター王座戦(J・ミドル級))から三連敗でフォレスト戦。アトランチックシティ「Trump Taj Mahal」での一戦。共に27歳。フォレストが豪快なボクシング。長いジャブ、ワンツーからの左フック、左ボディ打ち。まさに「ヒットマン」と呼ばれた頃のトーマス・ハーンズ。グリフィンは何とか接近して左フック、しゃくるような右フックを使うが、相手の勢いに押される。2R、右フックでグリフィンがうつぶせにダウン。立ったが、右フック連打で二度目。最後は連打でロープ外に落とされてレフェリーストップ。フォレストが圧勝。実力差があったが、上位陣にも通用しそうな迫力の攻撃。グリフィンはフックに良さ。しかし、相手が強すぎた。その後、グリフィンは元世界王者チャールズ・マレイらに敗れて引退。)


バーノン・フォレスト 1R TKO スティーブ・マルティネス

(北米ウェルター級タイトル戦、1999年)

「長い手足の毒ヘビ」バーノン・フォレスト①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:左フック、右フック、連打で3度、マルティネスがダウン

(感想:フォレストがタイトル防衛。世界ランカーのフォレスト(28歳)。これまで27連勝(22KO)。二度目の防衛戦。挑戦者マルティネス(27歳)はテキサス州サン・アントニオ出身で、37勝(23KO)3敗1分。1987年、デビュー。連戦連勝。しかし、WBU王座戦(J・ミドル級)で判定負け、初黒星。北米王座(J・ミドル級)獲得。初防衛に成功したが、二度目の防衛に失敗。アンソニー・ジョーンズ(数度の世界挑戦)に2-1で敗北。中堅どころには勝ってきたが、重要な試合を落としてきた印象のキャリア。ミシシッピ州トゥニカでの一戦。ガードを高く上げてジャブのマルティネス。フォレストは長いジャブ、ワンツー、そして猛攻。連打からの左フックでマルティネスがダウン。再開後すぐに右フックで二度目。一気に攻めるフォレスト。連打でマルティネスが三度目のダウンを喫したところでレフェリーストップ。フォレストが一気に勝利。このレベルの相手とは最早勝負にならない。マルティネスは勢いに乗っている相手の豪快な攻めに何もできず。しかし、決して弱い選手ではない。その後、この王座(北米ウェルター級王座)を獲得。)

 

2025年4月1日火曜日

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

英国ウェルター級。キャリア後期の試合。ロッキー・バーグ戦、パトリツィオ・オリバ戦、デル・ブライアン戦ほかを紹介します。


カークランド・レイン(イギリス)

身長 cm:オーソドックス(右構え)


カークランド・レイン 2R TKO ロッキー・バーグ

(J・ミドル級戦、1990年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:左フック連打でバーグがダウン

(感想:かつて獲り損ねた欧州王座(ウェルター級)をKO勝ちで獲得したレイン。その次の試合はノンタイトル戦。バーグは精力的に試合するアメリカ・オクラホマの白人。デビューは1986年だが、毎月のようにリングに上がったり、一ヶ月に三試合したりのときも。オクラホマ州王座(J・ウェルター級)を獲得するなど連勝していた頃もあったが、バック・スミス(レインをKO)、ルネ・ジャコ(後のWBC世界J・ミドル級王者)に敗北。このところ勝ったり負けたり。英国ケンジントン「ロイヤル・アルバート・ホール」での一戦(レフェリーはラリー・オコーネル)。長い髪を編んでくくっているレイン。ノーガードで相手を誘ったり、「ひょこひょこ」した感じのヘンな動きをしたり。バーグは映画の「ロッキー・バルボア」をイメージした男で、サウスポースタイル&星条旗トランクス。ただ、身長でレインに劣るのもあって、右ジャブ、左ストレートは届かず。レインが攻めの姿勢でワンツー、フック連打。右ストレートが効いたバーグは1Rからピンチ。2R、レインが「トコトコ」足踏みをするかのようなフットワークから右ストレート。またしても右パンチが効いたバーグはボディ打ちからの左フック連打でダウン。立ったが足に来ており、レフェリーに止められた。レインが畳み掛ける連打で快勝。身長差もあって有利に試合を進めた。バーグは踏み込みに甘さ。映画のロッキーのようなパワーは無かった印象。その後もバーグは勝ったり負けたり。ローカル王座(J・ミドル級)を獲得したり、レスター・エリスと空位のWBF王座(ウェルター級)を争ってKO負けしたり。通算戦績62勝(41KO)43敗2分。多くの試合で、思い出もいっぱいだろう。)


パトリツィオ・オリバ 12R 判定 カークランド・レイン

(欧州ウェルター級タイトル戦、1990年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:オリバがタイトル獲得。欧州王者レイン。バーグ戦の次の試合は敵地での欧州王座防衛戦。挑戦者オリバはイタリアのナポリ出身。1980年のモスクワ・オリンピック(アメリカがボイコットした大会)ではライトウェルター級で金メダル。プロ入り後は地元を中心にリングに上がり、イタリア王座、欧州王座(いずれもJ・ウェルター級)を獲得。欧州王座を連続防衛後、ウバルド・サッコ(アルゼンチン)からWBA世界J・ウェルター級王座獲得。防衛にも成功したが、日本でもおなじみファン・マルチン・コッジに3RでKOされて王座陥落。再起三連勝で、レイン戦。イタリアのカンピョーネ・ディターリアでの一戦。共にアップライトスタイル(まるで古い時代の試合を観ているような雰囲気があった)。例によってレインはノーガード&カウンター狙い。オリバは手数。ジャブ、ワンツー、コンビネーション(「ワンツーからの左フック」「右ストレート、左ジャブ、右ストレート」など)。しかしクリンチが多く、1Rからレインをイラつかせる。中間距離でジャブ、ワンツーの両者。接近戦はオリバのクリンチのせいで盛り上がらないが、オリバは時折右パンチをヒットさせる。12R、レインの長い髪を束ねているヒモがほどけて試合中断。さらにレインはオリバのクリンチにイライラ。オリバはフットワークを使って逃げ切る作戦。12R終了。共に両手を上げて自身の勝利をアピール。判定は3-0。勝って大喜びのオリバ。手数で勝利をモノにしたが、打ち合いを避けるクリンチ作戦はあまりカッコのいいものではなかった。レインはトリッキーなボクシング。素直に相手が攻めてきてくれないとカウンター作戦は使えない。共に残念なところがあった欧州王座戦だった。その後のオリバ。欧州王座を連続防衛後、バディ・マクガートのWBC世界ウェルター級王座に挑戦したが判定負け。それが最後の試合に。)


デル・ブライアン 12R 判定 カークランド・レイン

(英国ウェルター級タイトル戦、1991年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ブライアンがタイトル獲得。これまで38勝(21KO)8敗1分の英国王者レインがオリバに負けた再起戦。挑戦者ブライアンは英国ノッティンガム出身の黒人サウスポーで、21勝(5KO)8敗1分。勝ったり負けたりだが、ローカル王座(ウェルター級)を獲得したり、後の世界王者クリサント・エスパニャに判定負け、ハビエル・カスティリェホに判定勝ちしたり。直前の試合は南アフリカでTKO負け。勢いのある状況ではないが、経験を積んできた。英国ケンジントン「ロイヤル・アルバート・ホール」での一戦(ラウンドカットされた映像で観戦)。後ろ髪を伸ばしてヘアバンドでまとめているレイン。相変わらず個性的。カニのように横歩きしたり、トコトコ歩くような独特のフットワーク。そして、ノーガードでジャブ、ストレートを飛ばす。前髪を一部だけ生やしているヘンな髪型のブライアンはガードしながら左ストレートを打っていく。共に速いパンチ。互いにディフェンス。6R、ワンツーを打たれてレインのヘアバンドがどこかへ吹っ飛ぶ。手数はややブライアンの方が多い印象。12R終了。判定はPTS(レフェリーが一人で採点)。勝って喜ぶブライアン。積極さで勝利。レインは攻めをディフェンスされてしまった。個性的でも認められるのは勝つから。負けるとちょっとカッコ悪い感じがする。その後のブライアン。ゲイリー・ジェイコブスに王座を奪われたが、パット・バレットとの決定戦で王座奪回。防衛にも成功。しかし、欧州王座(ウェルター級)は獲れず。最後はピークを過ぎ、六連敗で引退。)


ケビン・ルーシング 5R TKO カークランド・レイン

(英国南部地域J・ミドル級王座決定戦、1993年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン②「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ルーシングがタイトル獲得。ブライアン戦の次の試合でドノバン・ブーシェに敗れたレイン。三連敗となってしまい、引退。そして93年にカムバックして二連勝。年齢は39。これまで40勝(21KO)10敗1分。ルーシング(25歳)はロンドン・ベックナム出身(褐色の肌)。デビューから10連勝中(8KO)。試合経験のある中堅選手と戦ってきており、王座戦はこれが初めて。ロンドンのエドモントンでの一戦。共にスリムな身体。ルーシングがガード上げて前進。ジャブ、右ストレート、左フックの正統派ボクシング。レインは逆。ガードを下げてジャブ、右ストレート、左フックでカウンター狙いのトリッキーな動きで迎え撃つ。レインの独特な動きに攻めにくそうなルーシング。3R終わり頃、何を勘違いしたか、レインが余所見して攻撃されるハプニング(おそらくラウンド終了10秒前の合図。「ラウンド終了」と誤解したのだろう)。5R、それまでと同じような展開の中、レフェリーが突然試合ストップ。レインが右眉付近のキズによりTKO負け。実に不満そうでレフェリーに抗議したが、無駄。ルーシングは勝ったが、レインを圧倒したわけではなかった。その後の二人。ルーシングは次の試合でTKO負け、初黒星。連勝して英国王座、IBO王座(いずれもウェルター級)獲得。しかし、世界には上には上が。フェリックス・トリニダードのIBF世界ウェルター級王座に挑戦して3RでTKO負け。続く英国王座戦もTKO負け。ラストファイトはWBO世界J・ミドル級王座挑戦で、3RでTKO負け。レインは再起して三連続TKO勝利、そしてTKO負けで引退。世界王座は獲得できなかったが、世界王者に匹敵するほどの存在感。試合のプレッシャーに負けてアルコールや薬物に逃げたこともあったそうだが、リングではそういった雰囲気は感じられなかった。2021年に66歳で死去。体調不良だったという。個性の強い選手だったが、繊細な精神の持ち主だったようだ。)

 

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

英国ウェルター級。コリン・ワード戦、マイク・ピシオッティ戦、ロッキー・ケリー戦、トレバー・スミス戦を紹介します。


カークランド・レイン(イギリス)

身長  cm:オーソドックス(右構え)


カークランド・レイン 5R TKO コリン・ワード

(ミドル級戦、1980年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

5R:右フックでワードがダウン

(感想:ボクシング界は個性的な人間の集まりだが、このレインは独特な動きで印象に残る男。おもちゃのロボットのように「トコトコ」足踏みをするかのような動きで左ジャブ、右ストレート。それでいて器用に戦う(パンチをよけ損なってKOされたことも)。ジャマイカ出身で、イギリス国籍の黒人。ニックネームは「The Gifted One」(「才能ある者」の意)。憧れのヒーローはモハメド・アリ。オリンピック出場を目指したが、叶わず。プロ入り後、連戦連勝で英国ウェルター級王座を獲得。ワードとノンタイトル戦。ワードは英国ノーザンプトンの白人。勝ったり負けたりで、このところ二連敗中。タイトル戦の経験はないようだ。英国ケンジントンでの一戦。小刻みなフットワークのレイン(この頃はまだ妙な動きは控えめ)。アップライトスタイルからジャブ、ワンツー。斜め下からの右フックに特徴。ワードは正統派。ジャブを使いながら前進し、パワーを込めた右ストレート、踏み込んで左フック。右ストレートからの左ジャブといったテクニックも持っている。攻めるワード、攻撃をかわすレイン、といった展開。5Rに一気に決着。レインの大きな右フック。これが効いたワードは右フックでダウン。立ったが、右目の負傷もあってレフェリーに止められた。レインが独特の右フックで勝利。大きくしなうように打つ右パンチは伝説の「ボロパンチ」のよう。ただ、全体的には「軽いボクシング」だった印象。ワードは力強くて良かったが、レインに逃げられた。これが最後の試合に。)


その後のレイン

ワード戦の次の試合でコリン・ジョーンズ(後、ミルトン・マクローリー、ドナルド・カリーと世界王座を争ったが果たせず)にTKO負けして王座陥落(初黒星)。ジョーンズとの再戦もTKOで敗北。デトロイトでロベルト・デュランに2-1の勝利。世界を狙うフレッド・ハッチングスにTKO負け(ハッチングスはその後、トーマス・ハーンズのWBC世界J・ミドル級王座に挑戦して3RでTKO負け)。その後は中堅との試合が続く。


カークランド・レイン 10R 判定 マイク・ピシオッティ

(J・ミドル級戦、1986年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:これまで27勝(11KO)5敗1分のレイン(31歳)。ピシオッティ(28歳)はペンシルベニア州フィラデルフィア出身(イタリア系?)。中堅どころと戦ってきたキャリアで、30勝(16KO)3敗3分。ピークを過ぎたケビン・ルーニー(後、マイク・タイソンのトレーナーに)、パブロ・バエズに勝利。直前の試合はTKO負け。アトランチックシティでの一戦(リングアナはエド・デリアン)。正統派のピシオッティ。ジャブ、そして右ストレート、左フック。なかなかパワフルな攻撃。レイン(星条旗をイメージしたトランクス)は両手のガードを下げ、足で距離を取りながらジャブ連打、ワンツー、左フック、左ボディ打ちでカウンター。2R、レインがレフェリーから何やら注意されてイラっとした表情。3R、左フックを食ってレインがダウン寸前(グローブがキャンバスにタッチしたように見えたが、レフェリーはカウントを取らず)。その後もカウンターのレイン。ピシオッティはいいパンチを打っているが、逃げられる。この試合でのレインの注目ポイントはディフェンス。攻められて慌てて逃げる様はなかなか滑稽。7R開始早々には攻められてスリップダウン。8R、両者が互いに挑発(ピシオッティが「打ってこい」アピール。レインは何とも言い難い微妙な動きで反応)。9R、レインが左フック連打。10R、最後まで攻めるピシオッティだが、逆に左フックを食う。10R終了。判定は3-0。レインがディフェンス、当てる巧さで勝利。3Rは危なかったが、打ち合いを避けて勝つことができた。ピシオッティは強い選手。しかし、逃げられて消化不良のような内容に。これが最後の試合になった。)


カークランド・レイン 5R TKO ロッキー・ケリー

(英国ウェルター級タイトル戦、1987年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

2R:右フックでケリーがダウン

5R:ワンツーでケリーがダウン

(感想:レインがタイトル初防衛。シルベスター・ミッティを決定戦でTKOして英国ウェルター級王座を奪回したレイン。初防衛戦に挑む。挑戦者ケリーは英国リバプール出身の白人。本名は「ハミルトン・ケリー」。ローカル王座(ウェルター級)を獲得しているが、英国ウェルター級王座挑戦はTKO負け。このところ連勝で、二度目の挑戦。英国フラムでの一戦。レゲエ頭のレイン。直立&ノーガードで相手を挑発して誘いながらジャブ、右カウンター。ケリーはガードを固めて右ストレート、左フックを使うが、かわされて空転。2R、左フックが効いたケリー。右フックでダウン。4R、ワンツー、左フック、左ボディ打ちでレイン優勢。ケリーの左フックもヒットするが、当たりが浅いか? 5R、強烈なワンツーでケリーが痛烈なダウン。立ったが、左目下のキズもあってレフェリーストップ。レインが快勝。個性的な動きが面白い男だが、パンチはシャープで強い。ケリーは気の毒。よく攻めたが、逃げられた。その後、ケリーは英連邦王座に挑戦したが、TKO負け。ローカルな活躍にとどまった。)


その後のレイン

イタリアの実力者ニノ・ラロッカと空位の欧州王座(ウェルター級)を争って判定負け。ジョージ・コリンズ相手に英国王座防衛。試合数がやたら多いことで有名なバック・スミスにTKO負け。トレバー・スミスと英国王座防衛戦。


カークランド・レイン 6R TKO トレバー・スミス

(英国ウェルター級タイトル戦、1990年)

「面白い動きをする英国人」カークランド・レイン①「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

6R:右ストレートでスミスがダウン(?)

(感想:レインがタイトル防衛。挑戦者スミスは英国ハーロウ出身の白人。デビューから全勝。ローカル王座を獲得、防衛。連勝中の勢いで、経験あるレイン相手にどんな試合をするか? ロンドンのメイフェアでの一戦。長い髪を編んでくくっているレイン。いつものように足で相手から距離を取ってジャブ、ワンツー、左フックでカウンター狙い。「ピタッ」と動きを止めたり、小刻みに動いてフェイントを使ったりの面白い動き。スミスはよく鍛えられた身体。距離を詰めて力強いワンツー、フック、ボディ打ち。しかしながら、空転。器用なレインがディフェンスしながらワンツー、カウンター攻撃。5R、スミスがフック連打。レインは左ボディ連打で激しく報復。6R、右ストレートが効いたスミス。バランスを崩したところ、後頭部に右ストレート(ラビットパンチ)を食ってダウン。タフなスミスは立ったが、右ストレートを連打されたところでレフェリーストップ。レインがディフェンス&カウンターで勝利。スピードが売りの選手だが、パンチもあるところを見せた。スミスは背後からパンチを食ってダウン扱いされた不運(タイミングによってはラビットパンチも許されるらしい)。負けたが、パワーはあった。その後、スミスは三試合。再起戦に勝利後、二連敗だった。)

 

2025年3月31日月曜日

「コンゴのクルーザー級」アナクレト・ワンバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界クルーザー級王者。アンドレイ・ルデンコ戦、チャールズ・ディクソン戦、マルセロ・ドミンゲス戦を紹介します。


アナクレト・ワンバ(フランス)

身長190cm:オーソドックス(右構え)


アナクレト・ワンバ 5R TKO アンドレイ・ルデンコ

(WBC世界クルーザー級タイトル戦、1992年)

「コンゴのクルーザー級」アナクレト・ワンバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

5R:連打でルデンコがダウン

(感想:ワンバがタイトル防衛。ワンバはコンゴ出身で、フランス国籍を持つ黒人。主戦場はフランス。長身を活かしてアマチュアで活躍し、モスクワ・オリンピックにも出場(メダル獲得はならず)。プロ入り後、連勝。英国で判定負けを喫してしまったが、欧州クルーザー級王座を獲得。マッシミリアノ・デュランのWBC世界クルーザー級王座に挑戦したが、優勢に試合を進めながらラフな攻め方をして反則負け。再戦でデュランから王座奪取。初防衛戦の相手もデュランで、TKOでワンバ防衛。ルデンコ戦は二度目の防衛戦となる。挑戦者ルデンコはロシアの白人。デビューから連勝後、ベテランのフランキー・スウィンデルに判定負け。決定戦でWBCインター王座を獲得して、この世界挑戦(ソ連崩壊後、世界王座に挑戦する初のロシア人)。「対戦相手の質」に問題があるようなキャリアだが、どんな試合を見せるか? フランス・ルヴァロワ=ペレでの一戦(レフェリーはジョー・コルテス。TVコメンテーターは元IBF世界クルーザー級王者グレン・マクローリー)。まずはフットワークとジャブを使いながら相手の様子をチェックするワンバ(慎重な戦いぶり)。ルデンコは動き、パンチの打ち方がジェリー・クォーリーのような男。フェイントをかけながら前進し、ジャブ、ワンツー、ショートフック、左ボディ打ち。共にパワーを感じるが、ワンバがパワー&ディフェンス。特に右ストレート、左フックに力強さがあり、インサイドからのアッパー、コンビネーション「右ボディ打ち、右アッパー、左フック」も見事なもの。打たれるルデンコ。5R、まさに「打ちのめす」といった感じの連打でルデンコがダウン。立ったが、レフェリーに止められた。ワンバが快勝。豪快な長いパンチ、接近戦での正確な強打。ディフェンスもしっかり。ルデンコも悪くはなかったが、相手の強さにやられた。そしてこれが事実上のラストファイトに。後、カムバックしたが、KO負けだった。)


その後のワンバ

ノンタイトル戦を挟みながら王座防衛。アンドリュー・メイナードに判定勝ち(三度目の防衛)、デビッド・ベターに判定勝ち(四度目の防衛)、アキム・タフェにTKO勝ち(五度目の防衛)、アドルフォ・ワシントンとドロー(六度目の防衛)。


アナクレト・ワンバ 1R KO チャールズ・ディクソン

(クルーザー級戦、1994年)

「コンゴのクルーザー級」アナクレト・ワンバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:右アッパーでディクソンがダウン

(感想:ワンバがノンタイトル戦。ディクソンはルイジアナ州の黒人。フランキー・スウィンデル、リッキー・パーキーらを相手に連続KO負けの男であるが、たまの勝利はKO勝ち。「勝つも負けるもノックアウト」といったキャリア。アルゼンチンのサン・ミゲル・デ・トゥクマンでの一戦。身長差。共にアップライトな姿勢。身長で上のワンバがジャブ、ボディ攻め。ディクソンは足で距離を取りながらジャブ、そして意表を突くタイミングで右ストレート。右アッパー、思い切りのいいフックは悪くないが、真っ直ぐ攻めるクセがあり、ガードに甘さ。強烈な右アッパー。まるで棒を飲んだかのようにゆっくりとダウンしたディクソンは立てず、10カウント。ワンバがゴツいパンチで楽勝。相手の隙を見逃さないのが一流の証。ディクソンはディフェンス、バランスに難。パワーはあったが、これが最後の試合に。)  


アナクレト・ワンバ 判定12R マルセロ・ファビアン・ドミンゲス

(WBC世界クルーザー級タイトル戦、1994年)

「コンゴのクルーザー級」アナクレト・ワンバ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:ワンバがタイトル防衛。七度目の防衛戦。挑戦者ドミンゲスはアルゼンチン・ブエノスアイレス出身。ニックネームは「El Gordo(大柄な男)」「El Toro(雄牛)」。アルゼンチンの選手らしいガッチリした体格であるが、身長は177cmでアメリカの重量級選手ほど大きくはない。地元を中心にリング活動。デビューから無敗でアルゼンチン王座(クルーザー級)獲得。これが初の世界戦。アルゼンチン・サルタでの一戦。足でリズムを取りながらジャブを出す両者。ドミンゲスは相手から距離を取って踏み込んで右ストレート、連打。右フックにパワーがあり、左のテクニックも(左フックをダブルで打ち込んだり、メキシカンのように突き上げるように打ったり)。ワンバはブロックしながら前進し、ワンツーからの左フック、左ボディ打ち。手数を出すドミンゲス、正確に当てようとするワンバ。10R、ワンバの右アッパーでドミンゲスのマウスピースが吹っ飛ぶ。さらにドミンゲスは反則打(?)で減点。その後も前に出るワンバ、距離を取るドミンゲス、の展開で12R終了。共に両手を上げて自身の勝利をアピール。会場のファンも「ドミンゲス勝利」と見て大歓声。判定は2-0。ワンバがディフェンス&攻撃の正確さで勝利。しかし、目が腫れるなど苦しい試合だった。ドミンゲスは闇雲に連打するなどスタミナのあるところ、器用さを見せたが、ブロックされて決定打を打ち込めず。精力的な攻撃は良かったが、受け身になるシーンが目立ったのが惜しい。その後の二人。ドミンゲスはこの王座(WBC世界クルーザー級王座)を獲得。防衛にも成功。王座陥落後もWBO王座に挑戦したり、南米ヘビー級王者になったりするなど息の長い活躍。ワンバはこれが最後の防衛戦。この後、ノンタイトル戦に勝利。負傷を理由に引退を表明。王者のままリングを去った。) 

2025年3月28日金曜日

「カザフスタンの世界王者」オレグ・マスカエフ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBC世界ヘビー級王者。世界王者になる前のラルフ・ウェスト戦、シェーン・サトクリフ戦、デリク・ジェファーソン戦を紹介します。


オレグ・マスカエフ(カザフスタン)

身長191cm:オーソドックス(右構え)


オレグ・マスカエフ 3R TKO ラルフ・ウェスト

(ヘビー級戦、1996年)

「カザフスタンの世界王者」オレグ・マスカエフ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

3R:右フックでウェストがダウン

(感想:カザフスタン出身マスカエフ。ニックネームは「The Big O」。炭坑労働者からボクサーに。アマチュア時代にはビタリ・クリチコを破ったこともあるそうだ。カザフスタンでプロデビュー。その後はアメリカが主戦場。PABAヘビー級王座を獲得したが、オリバー・マッコールに敗れた。これまで17勝(13KO)1敗で、27歳。ウェストはケンタッキー州の白人で、ニックネームは「Wild, Wild」(相当、荒っぽいボクシングをやらかすのだろう。いつのことかは不明だが、ナイトクラブの用心棒をやっていたこともあるそうだ)。10連勝中(8KO)。ニューヨーク州メルビルでの一戦(レフェリーはアーサー・マーカンテ)。口ヒゲを生やし、いかにも気が強そうな表情のウェスト。ジャブを連打して、右ストレート、フック。腕っぷしで勝負するタイプで、積極的に前へ。マスカエフは慎重にディフェンス。動きは速くない。ジャブ、ワンツー、右ストレートからの左フックといったコンビネーション。2R、マスカエフの右アッパーがヒット。3R、斜め下からの右フックでウェストがダウン。レフェリーは試合を止めた。マスカエフが丁寧な試合ぶりで勝利。正直なところ、あまり迫力がない。しかし、隙を突く巧さがあった。ウェストはケンカのような打ち方で攻めたが、ディフェンスされた。負けたが、気合いが入った戦いぶりは良かったのではないか。その後もウェストはリングへ。中堅相手に勝ったり負けたり。最後は連敗で引退。)


オレグ・マスカエフ 2R TKO シェーン・サトクリフ

(PABAヘビー級タイトル戦、1999年)

「カザフスタンの世界王者」オレグ・マスカエフ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:マスカエフがタイトル防衛。ウェスト戦後、デビッド・トゥア(WBCインター王座戦)にTKO負けしたマスカエフ。中堅どころには勝つが、それ以上の強敵に苦戦。決定戦で獲得したPABA王座の二度目の防衛戦。挑戦者サトクリフ(23歳)はカナダの白人。ピークを遙かに過ぎたレオン・スピンクスに勝利。カナダ王者になったが、直前の試合で古豪トレバー・バービックにTKO負けで王座陥落。これまで21勝(12KO)6敗1分。ミシシッピ州トゥーニカでの一戦。似た体格、構え方、ジャブの打ち方。しかし、マスカエフの方が正確な攻撃。右ストレートを当て、左ボディ打ちで相手を追い込む。サトクリフはブロックするが、打たれる。2R、左眉付近をカットしたサトクリフがドクターチェック。再開したが、さらに打たれて負傷が悪化したところでレフェリストップ。マスカエフが正確さで勝利。特に右ストレートがよく当たっていた。サトクリフは悪い選手ではないが、打たれた。ゴツい身体で鋭さにやや欠けていたのが原因か? その後、サトクリフはブライアン・ニールセン、デビッド・トゥア、トレバー・バービック(カナダ王座を懸けた再戦)に連敗。カナダの実力者にとどまった。)


オレグ・マスカエフ 4R TKO デリク・ジェファーソン

(ヘビー級戦、2000年)

「カザフスタンの世界王者」オレグ・マスカエフ「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:右フックでジェファーソンがダウン

2R:右フックでジェファーソンがダウン

(感想:サトクリフ戦後、後のWBC王者ハシム・ラクマンをKOしたマスカエフ。さらに連勝でジェファーソン戦。ジェファーソンはミシガン州の黒人。大型で(身長198cm)、アマチュア時代には大会で優勝経験も。プロでは連戦連勝でNABA王座を獲得したが、実力者デビッド・イゾンリティにTKO負け(初黒星)。マスカエフ戦はその再起戦となる。アトランチックシティでの一戦(会場ではジェファーソンの母ジャラが観戦。息子の劣勢に落ち着かない表情だった)。ジェファーソンは距離を取って戦うボクサータイプ。ヘッドスリップしながらジャブ、右ストレートを打つ。ところが右カウンターを食うミス。右フックでダウン。この時、左足を痛めたらしく、その後は足を引きずるような動き。2Rにも同じような右フックでダウン。3Rには左フックを食ってピンチ。4R、攻められるジェファーソン。ついに試合ストップ。マスカエフがガードの隙を突く攻撃で勝利。ジェファーソンは大型選手。それだけに動きも大きく、隙があったようだ。その後の二人。ジェファーソンはウラジミール・クリチコのWBO王座に挑戦して2Rで敗北。世界王者にはなれず。マスカエフも苦難。カーク・ジョンソン、ランス・ウィテカーに連続KO負け。コーリー・サンダース(WBO王者になった南アフリカの選手とは別人)にもTKO負け。連勝後、WBCインター王座獲得(2005年)。ハシーム・ラクマンを再戦で破りWBC王者に(2006年)。オケロ・ピーターに勝利して初防衛に成功。しかし、次の防衛戦でサミュエル・ピーターにTKO負けして王座陥落。王者として活躍した期間が短かったこと、そのスタイル(隙を突く戦い方)から地味な印象があるが、実力は確かなものがあった。ただ、マイク・タイソンやイベンダー・ホリフィールドと比較できるようなレベルではなかった。)

 

「世界王座&銀メダル」クリス・バード「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBO・IBF世界ヘビー級王者。ティム・ピュラー戦、ジョン・サージェント戦、ダバリル・ウィリアムソン戦を紹介します。


クリス・バード(アメリカ)

身長183cm:サウスポー


クリス・バード 5R TKO ティム・ピュラー

(ヘビー級戦、1995年)

「世界王座&銀メダル」クリス・バード「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

5R:左ボディでピュラーがダウン、連打でスタンディングダウン

(感想:ミシガン州フリント出身の黒人サウスポー、バードは「ボクシング一族」。レイモン・ブリュースターは従兄弟。ニックネームは「Rapid Fire(速射)」。1992年バルセロナ・オリンピックではミドル級で銀メダルを獲得。プロではこれまで11連勝(8KO)で、24歳。試合数はまだ少ないが、全米ヘビー級王座を獲得。直前の試合ではアーサー・ウィリアムス(後、IBF世界クルーザー級王者に)に2-1で勝利。ピュラー(24歳)はイスラエル出身で、主戦場はアメリカ。中堅どころを相手に13勝(7KO)2敗。バードの地元フリントでの一戦(バードのパンチが当たるたびに客席が沸いた)。受け身の姿勢のバード。右ジャブ、左ストレート。動きはそれほど速くなく、身体も特に絞られておらず、見た感じではあまり強そうに見えない。ピュラー(星条旗&イスラエルの「星」トランクス)はジャブを使いながら前進し、右ストレート、フックを狙う。しかし、ディフェンスされて空転。バードは打つときはまとめて打つタイプで、一気にコンビネーション(「左ストレートからの右フック」「右ジャブ、左ストレート、右ジャブ」など)。細かいパンチを当てる。5R、一気にラッシュするバード。左ボディでピュラーがダウン。立ったが、連打でスタンディングダウン。左目のキズのチェックを受けたピュラーだが、連打(Rapid Fire)を浴びてレフェリーストップ。バードが爆発力で勝負。のらりくらりとしたボクシングをしながら攻めるときは一気。これが彼の強味か。ピュラーはボディ攻めは良かったが、ディフェンスされた。その後、ピュラーはティム・ウィザスプーン、ルー・サバリースに敗れて三連敗。その後は中堅どころに連勝したり、ピークを遙かに過ぎたジェームス・ティリスに勝利したり。ローカルな実力者としてキャリアを全うした。)


クリス・バード 2R TKO ジョン・サージェント

(ヘビー級戦、1999年)

「世界王座&銀メダル」クリス・バード「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:ワンツーでサージェントがダウン

2R:連打でサージェントがスタンディングダウン

(感想:好調のバード。ナサニエル・フィッチ、ユーライア・グラント、バート・クーパー、ジミー・サンダーらを相手に連勝。しかし、アイク・イベアブチ(ナイジェリア)にTKO負け(初黒星)。その再起戦でサージェントと勝負。サージェントはミネソタ州の白人。ニックネームは「Hogman」(「豚男」の意。なぜこんなヒドい呼ばれ方?)。1990年にデビューして中堅相手に連勝。ブランクを作り、判定で初黒星。その後もブランクがちにリングに上がり、連勝。そしてこのバード戦。ペンシルベニア州フィラデルフィアでの一戦。とても太っているサージェント(「四回戦チャンピオン」のバタービーンに似た体型)。ジャブ、フックを出すが踏み込みが甘く、打ち方も微妙。バードはジャブ、連打。軽いパンチをまとめる。ワンツーでサージェントがダウン。2R、バードが連打。左ストレートを食って後退したサージェントが連打を浴びてスタンディングダウン。再開に応じることはできたが、連打されてレフェリーストップ。バードが楽勝。勝っても自慢にならない相手だったが、ボディ打ちを交えた連打には勢いがあった。サージェントは太りすぎ。マトモにパンチも打てず、動きも鈍かった。この後、サージェントはブランク。カムバックして無名相手に連勝したが、シャノン・ブリッグスとのIBU王座決定戦で1RでTKO負け。サージェントはアルコール依存症だったらしく、ブランクと敗北はそれが原因。デビュー当初、好調だった頃はどんな動きをしていたのだろう?)


その後のバード

ホセ・リバルタらに連勝後、ビタリ・クリチコのWBO王座に挑戦して王座獲得。しかし、ビタリの弟ウラジミールに敗れて初防衛ならず。全米王座返り咲き。デビッド・トゥアを相手に初防衛。イベンダー・ホリフィールドとのIBF世界ヘビー級王座決定戦に判定勝ちして世界王座返り咲き(2002年)。アンドリュー・ゴロタ、ジャミール・マクラインらを相手に連続防衛中。


クリス・バード 12R 判定 ダバリル・ウィリアムソン

(IBF世界ヘビー級タイトル戦、2005年)

「世界王座&銀メダル」クリス・バード「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:バードがタイトル防衛。これまで38勝(20KO)2敗1分のバードが四度目の防衛戦。挑戦者ウィリアムソンはワシントンD.C.出身の黒人。元々はフットボールをやっていたが、25歳でボクシングを始める。アマチュアの大会に数多く出場。2000年、プロデビュー。ジョー・メシ、ウラジミール・クリチコらには敗れたが、北米王座、NABO王座、WBC米大陸王座などを獲得。22勝(18KO)3敗。「IBF3位」としてこれが初の世界挑戦。ネバダ州リノでの一戦(会場ではウィリアムソンの妻シャリファが観戦)。左右の構えの違いはあるが、似たタイプ。慎重姿勢でジャブ、ストレート。踏み込んで左ストレートのバード。ウィリアムソンは右ストレート。パンチのキレはバード。しかしながら、実に残念な試合。特にウィリアムソン。自分から攻めない。パンチのキレがないうえに打ち方も微妙。「おっかなびっくり」な試合ぶりで、クリンチを多用。王者バードも元々一発で相手を倒すようなパンチャーではないため試合を盛り上げることができず、接近してもクリンチされてそれっきり。全く盛り上がらないまま12R終了。判定は3-0。前に出たバードが勝っただけの実に残念だった「世界ヘビー級タイトル戦」。マイク・タイソンが王者の時代だったらウィリアムソンが挑戦することはなかったろうし、挑戦したとしても2R以内に終わっていただろう。カネを払って観戦していたリングサイドの客が気の毒に思えたほどの凡戦だった。その後の二人。ウィリアムソンは地域タイトル戦、WBC王座挑戦者決定戦に敗れてキャリア終了。二度目の世界挑戦ならず。バードは次の試合でまたしてもウラジミール・クリチコに王座を奪われ、王座陥落。その後もリングに上がったが、それが最後の世界戦に。連打の回転は速かったが、そのため「軽いボクシング」のイメージを残した。)