WBC世界フライ級王者。世界王座防衛戦の大熊正二戦(三戦目)、ファコムロン・ビボンチャイ戦、朴賛希戦(初戦)を紹介します。
ミゲル・カント(メキシコ)
身長152cm:オーソドックス(右構え)
①ミゲル・カント 15R 判定 大熊正二
(WBC世界フライ級タイトル戦、1978年)
(感想:カントがタイトル防衛。「El Maestro(指揮者、師匠を意味する)」と呼ばれたメキシカン、カント(日本では「教授」と呼ばれた)。優秀な選手であるが他のメキシカンとは違い、KOを狙うタイプではない(ただし、相手をKOできるだけのパワーはある)。デビュー戦に敗北。その後も敗北と引き分けを経験するが、コツをつかんだか、連勝。メキシコ・フライ級王座獲得。ベツリオ・ゴンザレス(ベネズエラ)と空位のWBC世界フライ級王座を争ったが、2-0で判定負け。二度目の世界挑戦でサウスポーの小熊正二を破り、WBC世界フライ級王座獲得。以来、ベツリオ・ゴンザレスに雪辱したり、高田次郎、花形進、触沢公男、小熊ら日本勢を相手に防衛したり。12度目の防衛戦の相手は名前を「小熊」から「大熊」に変えた大熊正二(「新日本木村」所属)。大熊はカントに王座を奪われた後、アルフォンソ・ロペス(パナマ)のWBA世界フライ級王座に挑戦したが、2-0で敗北。触沢公男にはKO負け。再起二連勝でカントに挑戦して、2-1の敗北。そして、「世界2位」としてダイレクト・リマッチ。両国国技館での一戦(三度目の対戦)。左右の構えは違うが、互いにディフェンスしながらジャブ、ワンツー、ボディ打ち、隙を狙う攻撃。共にテクニシャンタイプだが、時折パワーの乗ったパンチを披露。微妙に「当てるテクニック」でカント。大熊が打ち終わった後や前進する際に右ストレート、左フック、カウンターをヒットさせる。15R終了。小差の3-0。カントがテクニックで勝利。しかし、いざというときはパワーもあった。大熊は力強いシーンもあったが、相手に合わせてテクニック合戦。もっと相手を引っかき回すような戦いをすべきだったと思うが、相手のペースで試合。いつの間にかテクニックの勝負に持ち込むのがカントが「指揮者」と呼ばれる所以か?)
②ミゲル・カント 15R 判定 ファコムロン・ビボンチャイ
(WBC世界フライ級タイトル戦、1978年)
(感想:カントがタイトル防衛。これまで54勝(14KO)4敗3分のカントが13度目の防衛戦。挑戦者ファコムロンはタイ人。記録が抜け落ちているのか、試合数が少ない。このところ三連勝中だが、世界挑戦できるほどの実績が見当たらない「謎の男」(井岡弘樹とWBC世界ストロー級初代王座を争ったマイ・トンブリファームみたいなものか?)。テキサス州ヒューストンでの一戦。身長差。スラリとしたファコムロンがアップライトな構えから左ジャブ。しかし、手数が極端に少ない。ただ、右ストレートからの左フックに良さがある(ポーン・キングピッチのようなタイプ)。小柄なカントは左ジャブ、そして踏み込んで左フック。左フックからの右ストレートといったコンビネーションも使うが、相手との身長差にやりにくそうな雰囲気。手数が少ないファコムロン。11Rに左フックをマトモに食ってダウン寸前。その後、ショートフック、ボディ打ちで攻めるが、カントはディフェンス、カウンター、左フック。15R終了。判定は2-1。カントが左フックを当てる巧さで勝利。ファコムロンは慎重すぎ。(前に出る姿勢を評価したジャッジもいたが)もっと早いラウンドから攻めるべきだった。その後のファコムロン。タイ王座(バンタム級)に挑戦してKO負け、日本で小林光二にKO負けして引退。最後まで「謎の男」だった印象。)
③朴賛希 15R 判定 ミゲル・カント
(WBC世界フライ級タイトル戦、1979年)
(感想:朴がタイトル獲得。同じメキシコの強打者アントニオ・アベラル(後、WBC王者に)を3-0で下して14度目の防衛に成功したカント。15度目の相手は韓国人。朴は韓国プサン出身。無敗だが、これまでの試合は全て韓国。「プロとしての経験」という点ではどうか? プサンでの一戦。ゴング前、両選手に花輪の贈呈。ゴング。忙しく上体を動かしながらシャープなジャブ、左フックを振るう朴。カントもリズミカルに足を使いながらジャブ、左フック。実に積極的な朴。右ストレートからの左フックなどを力強く打ち、打たれても反撃してラッシュをかける。カントもまた強い。パンチにはキレがあり、右ストレート、左フック、突き上げるフックにパワー&迫力(カントはウェルター級のピピノ・クエバスに戦い方、パンチの打ち方が似ている。同じ人の指導を受けたのかも)。互いに強さを見せるが、攻めの勢いは朴。15R終了。判定は3-0。一人は僅差。大差をつけたジャッジも。ついに陥落のカント。決して衰えてはいなかった。相手がより頑張った結果。再戦が行われ、ドロー。カントはその後もリングに上がったが、結果的にそれが最後の世界戦に。朴は王座を順調に防衛後、ソウルで大熊正二にKO負けで王座陥落。二度、大熊に日本で挑戦したが、いずれも僅差の判定負け。カントも朴も王座陥落後、返り咲きならず。)
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