IBF、WBA王者。世界王者になる前のブルーノ・シミリ戦、苦闘時代のビニー・バーゲイジー戦を紹介します。
ビニー・パジェンザ(アメリカ)
身長171cm:オーソドックス(右構え)
①ビニー・パジェンザ 3R TKO ブルーノ・シミリ
(J・ウェルター級戦、1984年)
(ダウンシーン)
3R:右ストレートでシミリがスタンディングダウン
(感想:ロードアイランド州出身の白人パジェンザは好戦的。映画『ロッキー』を見て、ボクサーに(パジェンザはイタリアの血も入っているとか。シルベスター・スタローン演じる主人公と自分を重ねたのだろう)。アマチュアで優秀な成績(タイトルを獲得したことも)。プロ入り。これまで13連勝(13KO)、21歳。シミリ(28歳)はイタリア・ピサ出身の白人で、20勝(15KO)6敗6分。デビューから好調だったが、後の世界王者パトリツィオ・オリバにTKOで初黒星(イタリア・ジュニアウェルター級王座戦)。同王座に再度挑戦してまたしてもTKO負け。そこから不調で、連敗続き。イタリア・リーバでの一戦(パジェンザのセコンドにルウ・デュバ)。左のガードを下げた構えからリズミカルにジャブを連打するパジェンザ。相手を誘うかのような動きから右ストレート、左フック。シミリもジャブを出すが、全体的にガチャガチャした攻め。また、真っ直ぐ攻めるため打たれる。パジェンザが右カウンターで優勢。シミリはディフェンスされて攻撃が単発に終わる。3R、左フックからの右ストレートでシミリがスタンディングダウン。再開後、連打を浴びてレフェリーストップ。その直後、セコンドからタオル投入。パジェンザが奔放な動きでパンチをヒットさせて快勝。シミリは攻めるときのガードに甘さ。その後、中堅どころを相手に連敗、連勝、連敗でキャリアを終えた。)
その後のパジェンザ
次の試合もイタリアで行ったが、TKOで初黒星。アメリカに帰り、メルビン・ポール、ジョー・フレージャー・ジュニア、ハリー・アローヨに勝利。グレグ・ホーゲンを破ってIBF世界ライト級王者に。しかし、初防衛戦(リターンマッチ)でホーゲンに敗北。ロジャー・メイウェザーのWBC世界J・ウェルター級王座に挑戦したが、判定負けで二階級制覇ならず。再起戦に勝利し、ビニー・バーゲイジーと再起二戦目。
②ビニー・パジェンザ 10R TKO ビニー・バーゲイジー
(J・ウェルター級戦、1989年)
(ダウンシーン)
4R:右フックでバーゲイジーがダウン
5R:左ボディでバーゲイジーがダウン
9R:ワンツー、左フックで2度、バーゲイジーがダウン
10R:左フックでバーゲイジーがダウン
(感想:これまで26勝(23KO)3敗のパジェンザ。バーゲイジーはペンシルベニア州フィラデルフィア出身。中堅どころと戦ってきたキャリアで、16勝(9KO)1敗。デビューから連勝後、TKOで初黒星。再起二連勝でパジェンザ戦。アトランチックシティ「Trump Plaza Hotel」での一戦(レフェリーはトニー・ペレス。パジェンザのセコンドにルウ・デュバ&ケビン・ルーニー)。奔放な動きのパジェンザ。ヘッドスリップして相手の攻撃をディフェンスし、フットワーク&ジャブ連打、ワンツー(タイソンを指導したルーニーから伝授された技か? なかなかスムーズな動きだった)。バーゲイジーも悪くない。やや細かい打ち方ではああるが、左フックをボディからアゴへ連打するなど左フックにパワー&器用さ。接近戦。互いにヒットするが、パジェンザの大胆なフックが効果的。4R、右フックでバーゲイジーがダウン。5Rには左ボディでダウン。それでも打ち返すバーゲイジーだが、9Rに二度のダウン。最終10Rに左フックで強烈なダウン。レフェリーはそのままストップ。立ったバーゲイジーはストップに不満そうな表情だったが、最後の左フックはかなり強烈だった。パジェンザが快勝。なかなか相手は頑張る選手だったが、目標は世界王座のみ。タフな相手を仕留めるぐらいの試合をしなければならない。バーゲイジーはその後も中堅選手と対戦。ただ、タイトルを獲ることは無かった。)
その後のパジェンザ
ヘクター・カマチョのWBO世界J・ウェルター級王座に挑戦したが、判定負け(1990年)。ホーゲンとの三戦目(ノンタイトル戦)に判定勝ち。ロレト・ガルサのWBA世界J・ウェルター級王座に挑戦したが、エキサイトして反則負け(「WOWOWエキサイトマッチ」で放送された)。J・ウェルター級ではロクなことがなかった印象。階級を一気に上げてJ・ミドル級に。カーロス・エリオットをKOして王者になったジルベール・デレのWBA世界J・ミドル級王座に挑戦してTKO勝ち(1991年)。しかし、交通事故で首を負傷。「引退確実」だったが、カムバック。ここからまた新たなストーリー展開。元世界ウェルター級王者ロイド・ハニガンをTKO。新興団体IBOのスーパーミドル級王座獲得。ロベルト・デュランとIBCのスーパーミドル級王座を懸けて二連勝。ロイ・ジョーンズ・ジュニアのIBF世界スーパーミドル級王座挑戦はさすがに無理があり、6RでKO負け(1995年)。その後、全盛を過ぎてもリングへ。何と2002年にエリック・ルーカスのWBC世界スーパーミドル級王座挑戦。3-0の判定で敗れたが、タフなところを見せた(まるでロベルト・デュランの後を継ぐかのようなリング生活だった)。
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