J・ウェルター級で世界挑戦経験。若手時代のクリス・ベイジャー戦、ラファエル・テレロ戦ほかを紹介します。
ミッキー・ウォード(アメリカ)
身長173cm:スイッチヒッター(両構え)
①ミッキー・ウォード 3R TKO クリス・ベイジャー
(ウェルター級戦、1986年)
(ダウンシーン)
3R:左ボディでベイジャーがダウン
(感想:マサチューセッツ州出身の白人ウォードはアイルランド系アメリカ人。貧しい家庭に育ち、ボクシングの道へ。アマチュアでタイトル獲得。プロ入り後、これまで2連勝(2KO)、20歳。ベイジャー(24歳)は3勝(1KO)4敗2分の白人選手だが、情報が少ない。アトランチックシティでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはトニー・オーランド)。「いかにも白人ファイター」といった感じのウォード。前進してフックを振るう。ベイジャーは足で距離を取りながらアップライトスタイルでジャブ、ワンツー。しかし、フックの打ち方がぎこちない。2R、ウォードがジャブ連打からの粗いフック攻撃。3R、左ボディでベイジャーがダウン。立ったが、再開直後に右フックを打たれてレフェリーストップ。ウォードが攻めの姿勢で勝利。攻撃の正確さに欠けるが、左ボディ打ちは巧かった。ベイジャーはワンツーは良かったが、受け身の姿勢でパワー不足。その後、連続TKO負けで引退。)
②ミッキー・ウォード 2R TKO ラファエル・テレロ
(J・ウェルター級戦、1986年)
(感想:これまで8連勝(6KO)のウォード。テレロ(21歳)はニュージャージー州の選手のようだが、「BOXREC」の記録によると負けてばかり(TVテロップには「ニューヨーク」「4勝(1KO)4敗1分」とあった)。アトランチックシティでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはスティーブ・スモーガー)。ジャブ、ワンツーのウォード。ベイジャー戦と比べるとバランスが良くなった印象。テレロはフットワークは軽やかだが、受け身。ただ、フックで応戦し、ワンツーからの左ジャブといったテクニックを持っている。ところが2Rに突然棄権。ウォードもレフェリーも「?」な様子だったが、試合終了。ウォードが消化不良な勝利。テレロは終了後に口の中をドクターチェックされていたが、なぜ棄権したのかは不明。身体の不調は本人にしかわからないため、何とも言いようがない。そんなテレロの次の試合は四回戦で、判定負け。それで引退。それでよかったと思う。)
③ミッキー・ウォード 2R KO カルロス・ブランディ
(J・ウェルター級戦、1986年)
(ダウンシーン)
1R:左フックでブランディがダウン
2R:右フック、左フックで2度、ブランディがダウン
(感想:ブランディ(27歳)はアルゼンチン・メンドーサ出身の選手だが、記録に乏しい。これが初のアメリカでの試合で、これまで10勝(5KO)1分だそうだ。マサチューセッツ州ローエルでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ)。端正な顔立ちのブランディ。大きく振るうフックが武器のようだが、真っ直ぐ攻めるクセ。そのため攻めるときのディフェンスに甘さ。ウォードがワンツー。そして左フックでブランディを倒す。2R、パワフルにフックを振っていくブランディだが、右フックでダウン。立ち上がり、サウスポーにチェンジするが意味無し。最後は左フックでうつぶせにダウンしてKO。ウォードがガードの甘い選手に楽勝。ブランディは残念。見た目が良く、強ければ人気が出そうな雰囲気を持つ男だったが、その後、フレディ・ペンドルトンに1RでTKOされている。)
④ミッキー・ウォード 8R 判定 イラリオ・メルセデス
(J・ウェルター級戦、1987年)
(感想:連勝のウォード。メルセデス(20歳)はニューヨークの選手で、これまで4勝(2KO)4敗。四回戦で後の世界ランカー、グレンウッド・ブラウンに判定負けしたことがある。アトランチックシティでの一戦(リングアナはマイケル・バッファ、レフェリーはランディ・ニューマン)。身長は低いが、ガッチリした体格のメルセデス。「八」の字の構えでパワフルなフックを振るう。ウォードは距離を取ってジャブ、右ストレート。時折サウスポーにチェンジするが、特に効果無し。接近戦。互いにディフェンスしながらフック。メルセデスのフックはブロックされたり、かわされたり。ウォードは5Rに得意の左ボディフックを連打したり、7Rに右フックをヒットさせたり。接近戦が最後まで続いて8R終了。判定は2-1。ウォードがディフェンスで勝利。メルセデスも積極的で悪くなかったが、外からのフックはブロックされやすい。もう少し当てるテクニックがあれば、といったところ。その後、メルセデスは再起戦でグレンウッド・ブラウンにTKO負け。以後は中堅相手に勝ったり負けたり。ラストファイトの相手は実力者ラリー・バーンズで、判定負けだった。)
その後のウォード
プロ15戦目で初黒星。フランキー・ウォーレンの全米J・ウェルター級王座に挑戦したが敗北。ハロルド・ブレージャーのIBFインターコンティネンタル王座(J・ウェルター級)、チャールズ・マレーの全米J・ウェルター級王座への挑戦も敗北。さらに連敗で引退。1994年にカムバック。連戦連勝。マイナー王座獲得後、世界初挑戦。しかし、IBF世界J・ウェルター級王者ビンス・フィリップスに3RでTKO負け(負傷によるもの)。ザブ・ジュダーには判定負け。WBUスーパーライト級王座を獲得できたが、アントニオ・ディアス、ジェシー・ジェームス・レイハに敗北。そしてアルツロ・ガッティとの激しい三連戦(2002~2003年)。引退後、その半生が映画化されたこともあったが(マーク・ウォールバーグ『ザ・ファイター』)、現役時代の後遺症で苦しい日々。ライバルのガッティは若くして亡くなった(2009年)。
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