2025年5月20日火曜日

「派手なスーパーマン」アーロン・デイヴィス「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

WBA世界ウェルター級王者。世界王者になる前の試合&その後。アンソニー・スティーブンス戦、ビニー・パジェンザ戦ほかを紹介します。


アーロン・デイヴィス(アメリカ)

身長178cm:オーソドックス(右構え)


アーロン・デイヴィス 1R KO ホセ・トーレス

(J・ミドル級戦、1989年)

「派手なスーパーマン」アーロン・デイヴィス「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

1R:左フックで3度、トーレスがダウン

(感想:デイヴィスはニューヨーク・ブロンクス出身の黒人。父と兄もボクシングをやっていた縁でリングへ。誰とでも戦う気の強さと腕っぷしから「Superman」と呼ばれるようになった。アマチュアで優秀な成績(タイトルも獲得)。プロ入り後は、これまで23連勝(13KO)、22歳。直前の試合はルイス・サンタナ(後の世界王者)とのWBC米大陸ウェルター級王座決定戦で、3-0の勝利。元々、左利きということで左のパンチが得意。トーレス(30歳。元世界王者とは別人)はドミニカ人で、13勝(5KO)3敗2分。ニューヨークでの一戦(リングアナはエド・デリアン)。派手なガウンで入場のデイヴィス。トランクスも赤で、キラキラしている。試合開始。ジャブはそこそこに強打(右ストレート、左フック)を振るうデイヴィス。トーレスはジャブを出すが、相手のパワーを警戒してクリンチ、ホールド。しかし、左フック(当たったように見えなかった。かするようなパンチだったのかも)でダウン。同じような左フックで二度目。三度目のダウンの左フックはしっかり当たり、そのまま試合終了。デイヴィスが勢いで勝利。ただ、狙いすぎで、動きにぎこちなさがあった。トーレスはビビってしまったのだろう。手加減無しの真剣勝負であるプロボクシングでは腰が引けた試合になってしまうこともよくある。) 


その後のデイヴィス

元世界王者ジーン・ハッチャーに判定勝ち。北米ウェルター級王座も獲得。マーク・ブリーランドを強烈にKOしてWBA世界ウェルター級王座獲得。ところがノンタイトル戦でダウンを食う苦戦。メルドリック・テーラーとの初防衛戦に判定負けで王座陥落(初黒星)。勢いでカバーしてきた欠点を突かれるようになってしまった。連勝後、フリオ・セサール・バスケスのWBA世界J・ミドル級王座に挑戦したが2-0で敗北。ブロンコ・マッカートとのWBCインター王座戦(J・ミドル級)は2-1で敗北。サイモン・ブラウンとの元世界王者対決に3-0で勝利。そしてアンソニー・スティーブンス戦。


アンソニー・スティーブンス 10R 判定 アーロン・デイヴィス

(ミドル級戦、1996年)

「派手なスーパーマン」アーロン・デイヴィス「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(ダウンシーン)

9R:左フックでデイヴィスがダウン

(感想:これまで42勝(26KO)4敗のデイヴィス(29歳)。26勝(15KO)7敗2分のスティーブンス(30歳)はテキサス州ヒューストン出身の黒人。フェリックス・トリニダードのIBF世界ウェルター級王座に挑戦したとき、トリニダードを追い込んで名を上げたことがある。その後、ハロルド・ブレージャーを破って全米ウェルター級王座獲得。初防衛に失敗後、連勝でデイヴィス戦。ミシシッピ州ベイ・セント・ルイスでの一戦。距離を取ってジャブを連打するスティーブンス。デイヴィスは残念ながら昔から変わらない。いきなり左フックを振るうが、ディフェンスされたり、クリンチされたりで当たらず。スティーブンスが「打ち合わない作戦」。ワンツー、左フックからの右ストレート、インサイドからのフックなどを打ってはクリンチ&ホールド。互いにボディ打ち。パワーはやはりデイヴィスが上。6R、左アッパーでスティーブンスが足に来るピンチ。9R、スリップ気味ながら左フックでデイヴィスがダウン(ダメージはさほど無し。ダウン扱いされてデイヴィスは大いに不満の様子だった)。10R、相手のクリンチにイラつくデイヴィス(自分の不器用さにもイラだっていたのだろう)。ラウンド終了後にもイラつきを見せ、両陣営が入り乱れる乱闘発生。判定は2-1。スティーブンスが「当て逃げボクシング」で勝利。カッコいい勝ち方ではないが、それで精一杯だったのだろう。デイヴィスは狙いすぎ。ジャブで相手を追い込んでから、というボクシングができない。最早、このクセはどうしようもない。その後のスティーブンス。ラウル・マルケス、ヨリボーイ・カンパスとIBF世界J・ミドル級王座を争っていずれも敗北。世界王者にはなれなかった。)


その後のデイヴィス

元WBO王者ホセ・ルイス・ロペスとの「元世界ウェルター級王者対決」に2-0で敗北。再起戦で全米J・ミドル級王座獲得。これで満足したか、しばらくして引退(1997年)。2000年にカムバック。NABAミドル級王座獲得。その次の試合はビニー・パジェンザとの「元世界王者対決」。


アーロン・デイヴィス 8R TKO ビニー・パジェンザ

(S・ミドル級戦、2001年)

「派手なスーパーマン」アーロン・デイヴィス「世界チャンピオン列伝:ボクシングブログ」

(感想:これまで46勝(29KO)8敗のパジェンザは歴戦の勇者。ロード・アイランド州クランストン出身の白人。IBF世界ライト級王座、WBA世界J・ミドル級王座獲得。事故で大怪我。カムバックしてロベルト・デュラン、ロイ・ジョーンズと戦ったり、マイナー王座を獲得したり。1999年にIBOスーパーミドル級王座決定戦で敗れてブランク。デイヴィスと久々の試合。コネチカット州マシャンタケットでの一戦(レフェリーはフランク・カプチーノ。コチラも大ベテラン)。ヒョウ柄のコスチューム&トランクスのパジェンザ。デイヴィスはドレッドヘアー&おなじみのキラキラした赤トランクス。まずはジャブを連打するパジェンザ。そして踏み込んで右ストレート、フック。接近戦ではボディ連打。「打ち合ってくれる相手」は大歓迎のデイヴィス。得意の左フックを振るい、この試合ではジャブをよく出して右ストレート。次第にパワーの差が。鼻血を出して苦しいパジェンザは7Rにドクターチェック。8Rにもチェックを受けて試合終了。デイヴィスがジャブで相手を追い込んで勝利。この戦い方が若い頃からできていれば、といった試合ぶりだった。パジェンザは元々パワーがあるタイプではない。時折左フックを当てるなど精力的に攻めたが、強いジャブの標的になってしまった。その後の二人。パジェンザは驚くべきことに更にリングへ。三連勝後、エリック・ルーカスのWBC世界スーパーミドル級王座に挑戦(判定負け)。その二年後にもう一試合やって判定勝ち、引退。デイヴィスは約一年半後に試合し、2-0の勝利、引退。パワーを上手く生かせなかった試合があったのが残念だったが、当時の実力者と多く対戦できた。)

 

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